24リーズ4

3380 【聖騎士】

身体のあちこちに電極のようなものが取り付けられていた。

身じろぎもできない状態のまま何かの数値を計測されている間は、とても暇だった。欠伸や眠気と戦いながら、じっと時間が過ぎるのをリーズは待っていた。

「よし、もういいぞ」

連隊司令部直々の命令ということもあり、渋々といった思いながらも検査を受け続けているが、この検査に時間を取られることはとても煩わしかった。

「リーズ、お疲れー!」

検査を終えて特殊訓練施設に戻ると、ディノが手を振って出迎えた。

周囲を見ると、他の面々は訓練用セプターによる一対一の模擬戦を行っていた。

「元気だな、ディノ」

「模擬戦の相手にあぶれちまってよ、お前が来るまで待機だって言われてなー」

「はは、俺はお前以外がよかったよ」

口を尖らせるディノを冗談であしらうと、用意されていた訓練用セプターを手に取る。

ディノはリーズと同期に入隊したストームライダー出身の隊員で、共にモニタリングに参加している。

「よっしゃー、どっからでもこーい!」

待たされていた鬱憤からか、張り切って訓練用セプターを振り回すディノ。それを見て、リーズは思わず苦笑する。

「セプターがすっぽ抜けても知らんぞ」

幾度も訓練を重ねたにもかかわらず、ディノの構えはなっていなかった。それに訓練用とはいえ、セプターを大振りに振り回すのは危険極まりない。

模擬戦が始まってすぐ、ディノは大上段に構えた格好そのままに斬り掛かってきた。

あまりにも読みやすい行動に一瞬呆気に取られたが、冷静に大降りの一撃をいなし、足払いを掛けてディノのバランスを崩す。そのままディノは尻餅をついた。あっけない模擬戦だった。

正直なところ、ディノは誰の目から見ても『弱い』部類に入る戦士であった。訓練であぶれた理由も、リーズには察しが付いていた。

だが、ディノは入隊して間もなく参加した渦攻略作戦において、小隊が壊滅状態に陥りながらも、コアを回収して帰還した実績があった。

モニタリングへの参加は、その驚異的な生還が認められた結果といえる。エンジニアはディノの強靭な肉体に注目したとの話を耳にしていた。

「くっそー」

「……交代しよう」

尻餅をついたディノの後ろからイデリハがやって来た。一緒に模擬戦をしていたらしいローレンスの姿も見える。

イデリハもリーズと同期の隊員だ。A中隊のマキシマスに負けず劣らず口数が少ないため、出身が東方であるというくらいしか知らなかった。

「ええー、せっかくリーズと戦えるチャンスだってのに」

「この後モニタリングがあ……るだろう?」

「リーズの全力はそっちで見られるんだから、模擬戦は俺とやろうぜ」

「ああそっか。その時でもいいんだもんな。よし、リーズ、勝負はおあずけだぜ!」

「あ、あぁ」

勝負も何もと思ったが、言葉を濁すことでリーズはごまかした。

リーズの能力が解明されていくにつれて、エンジニアが課すモニタリングプログラムも様相を変えていった。

若年の者ほどケイオシウム汚染の影響を受けやすく、能力が発現しやすい傾向にあることも判明した。追加入隊した隊員においては、十代から二十代前半の若者はモニタリングへの参加を義務付けられるようになっていた。

モニタリングでは様々な機器を身に着けたシミュレーションの他、渦内での戦闘を想定した実戦訓練などが行われている。これは、極度の緊張状態に身を置くことによって個人の生存本能や闘争本能を刺激し、リーズのような特殊な力を開眼しやすくするためのものであった。

「リーズ、撃て」

「了解」

訓練場に作られた障害物の影から、リーズは合図と共にアーチボルトに向けて閃光弾を撃つ。敵性生物が放つ火球を想定したこの弾には、着弾すると小さな爆発が起きるよう、特殊な火薬が込められていた。

アーチボルトに向けて放たれた閃光弾は、発射されて間もなく空中で爆発四散した。

その向こうには、エンジニアから支給されたハンドガンタイプの銃を構えたアーチボルトの姿があった。

「命中率99.8%。驚異的だな」

「やはり、これも聖騎士の力か」

隣で計測を行っているエンジニア達が淡々と言う。

リーズが持つ異界から炎を呼び寄せる能力や、アーチボルトの奇跡とも言える射撃能力を、エンジニア達は『聖騎士の力』と呼称するようになっていた。

この単語を聞く度に、リーズは背中がむず痒くなるような感覚に襲われた。

世界を救うという大義名分はあるものの、血と土埃と汗に塗れた自分達の姿を『聖騎士』と評するなど、何かの悪い冗談であろうと思っていた。

射撃シミュレーションが終了すると、今度は近接戦闘のモニタリングが始まる。

リーズはベルンハルトとフリードリヒの二人を一度に相手取っている。

額に電極のような計器を貼り付けての戦闘は滑稽なものに見えたが、これでケイオシウム汚染がどのように聖騎士の力に影響するのかを計測すると聞いていた。

幾度も繰り返される擬似戦闘。計測データは積み重なり、次第に信頼の置けるものになっていく。

解析が進む中、リーズも自分の能力を適切に制御する方法を身に付けていった。

ある時、施設の大ホールにレジメント全ての隊員が集められた。

スターリングを初めとする司令部の緊張した雰囲気に、隊員達は何が起きるのかと身構えていた。

「諸君、忙しい中、集まってもらってありがとう」

スターリングの挨拶もそこそこに、エンジニアが登壇して正面のモニターにジ・アイと思しき渦の映像を映し出した。

「度重なる調査の結果、近々ジ・アイの活動が低下することが判明した」

モニターに次々と映し出されるジ・アイの様子に、隊員達はざわつく。

エンジニアは早口で、ジ・アイの活動低下期間が間もなく訪れること、この期間であれば現在のレジメントの装備でも突入が可能であること、などを説明した。

そして、ジ・アイが消滅すれば全ての渦が消滅するということも。

「よって、E中隊を再編し、これを中心としたジ・アイ攻略作戦を実施する」

隊員達は騒然となった。

「各員の所属先は追って説明する。以上だ、解散」

それからは慌しい日々が続いた。ジ・アイ攻略に関するミーティングが何度も行われ、平行してE中隊が再編された。

再編されたE中隊は、モニタリングプログラムに参加していた隊員の中でも特に熟練した面々によって構成された。A中隊のエースともいえる立場にあったマキシマスや、D中隊で長く小隊長を務めていたダニエルなどが加わり、E中隊の戦力は大幅に増強された。

「ちっ、俺らだけで十分だってのに」

「司令部もわかってねぇよな」

マキシマスやダニエルなど、ジ・アイ攻略の要となるべく新たに配属された隊員は、元々のE中隊隊員達から敬遠されていた。

同じE中隊内で争いを起こすような真似こそ無かったが、数値といった形で優劣の差を見せつけられることは、正直のところいい気はしない。

「そう言うな。俺達は司令部から信頼されてる。だからこそジ・アイの攻略を任されたんだ」

「しかしなあ、リーズ」

「俺達は選ばれたんだ、何も気負うことはないさ」

リーズはこういうとき、努めて明るめの調子で会話をするようにしていた。チーム内での確執は、必ず大事故に繋がることを理解していた。

そして、その調整役ができるのは自分だけであるということも自覚していた。

「うーん、リーズがそう言うのなら、そうなのかもな」

「そうそう。俺様達でぱぱっとジ・アイのコアを回収すればいいだけなんだぜ、簡単簡単」

補足なのかフォローなのか、ディノも会話に混じってくる。

「お前が言うと、できるものもできそうにないんだよ!」

「ひっでぇなぁ」

いつの間にか、不機嫌な顔をしていた隊員達の表情が、少しだけ和らいでいた。

ジ・アイ攻略作戦の実施が迫っていた頃、新規開発された武器の実地試験のため、E4小隊が別の渦攻略作戦に参加した。試験とはいえ渦の攻略である、死傷も当然ながら起こり得る。

「救護班、急げ!」

「イデリハ! ロブ! くそ、大丈夫か!」

「すま……ない……」

E4小隊が乗っていたコルベットが煙を上げて不時着していた。渦から脱出した直後に結節点《ノード》で待ち構えていた敵性生物の攻撃を受けたのだ。

コルベットに乗っていた隊員達は酷く負傷しており、すぐに医療棟へと運ばれていった。

イデリハを含め重傷者が多数出たE4小隊は、ジ・アイ攻略に向けて人員を総入れ替えせざるを得なくなった。

コルベットの前にE中隊の面々が集まっていた。ジ・アイへ向けて出発する時刻が迫っている。

イデリハ達E4小隊に所属していた隊員達の復帰は叶わなかった。

しかし、この時期を逃せばジ・アイは再び活性期に入る。そうなれば次に突入できるチャンスがいつ来るのかは不明であった。

「これで、俺達の戦いも終わるんだな」

普段はディノと軽口を叩き合うようなローレンスも、眉間に皺を寄せている。

ディノに至っては極度に緊張しているらしく、いつものお調子者ぶりはどこへやら。E2小隊の面々と真剣に最終確認を行っていた。

「全力を尽くすだけだ」

「お互い生きて帰ろうぜ。イデリハ達E4の連中のためにも」

「ああ、そうだな……」

「頼りにしてるぞ、リーズ」

ローレンスの言葉に、リーズは静かに頷いた。

ふと、マキシマスを見る。マキシマスはいつもと変わらぬ様子に見えた。

リーズにはそれが頼もしくもあったが、同時に、薄気味悪いものを感じていた。

視界を覆い尽くす程の巨大な渦がコルベットの窓から見える。淡い虹色に輝きながら回転するそれこそが、地上に《渦》を蔓延らせた元凶、『ジ・アイ』であった。

ジ・アイが近付くにつれ、リーズを昂揚と恐怖がない交ぜになったような感覚が支配する。

人類の存亡が掛かった長い戦いがこれで終わる。いや、自分達が終わらせるのだ。その端緒にいることを思えば、恐怖なんていくらでも見て見ぬ振りができる。

リーズは思考の全てをそれで埋め尽くす。

「やってやる」

聖騎士の力を発現したオペレーターに支給される特別なセプター。リーズはそれをじっと見つめると、力強く握り締めた。

「―了―」