09マックス4

—- 【LogType:ERROR】

……ID:M00001

……起動時間:110687

……ログ種別:ERROR

プロトタイプの目に光が灯ると、ウォーケンはプロトタイプから距離を取った。

「歩け」

ウォーケンはプロトタイプに、ゆっくりと短い命令を下す。

命令を認識したプロトタイプが重い駆動音を響かせて足を上げた。

が、そのまま地面に足を付くことなく硬直し、横倒しになる。

「起き上がれ」

ウォーケンは更に命令を下す。しかしプロトタイプは横倒しの姿勢のまま、悶えるように足を蠢かせるだけだった。

ややあって、命令遂行が不可能であるといったメッセージがモニターに映し出された。

「駄目か……」

コデックスの解析により精巧な人工知能の制作が可能となったものの、一からオートマタを生み出すことに関しては、ウォーケンは未だ手探り状態の中にあった。

そのような中で出来たのがこのプロトタイプだったが、かつてウォーケンが修理をした思考する人工知能を備えたオートマタとなるには、まだ多くの時間が必要だった。

ウォーケンは人工知能のエラーを解析するべく、コンソールを操作する。

(これでどうだろうか?)

「プロトタイプ、立ち上がれ」

時間をおいて、再びウォーケンは命令を下す。

だが、プロトタイプは与えられた命令を処理できずに、首を動かすだけだった。命令の声には反応を示すが、動作は命令どおりとはいかないようだ。

モニターしている人工知能からエラーの反応が出力される。

音声の認識が上手くいっていないのか、演算機構の処理方法に問題があるのか。

原因を探るためにウォーケンはプロトタイプの電源を落とすと、再度人工知能と演算機構の解析に着手した。

……ID:M00000

……起動時間:0

……ログ種別:ERROR

自分を抱きしめる母の姿があった。

少女とゲームをする幼い自分の姿があった。

弁護士として依頼者と会話する自分の姿があった。

書物に囲まれた部屋で、柔らかく微笑む伴侶の姿があった。

物言わぬ伴侶の身体を抱き締める自分の姿があった。

まるで映像を見ているかのように、目まぐるしく場面が変わる。

それらの全てを、自分に起きた出来事として認識していた。

哀しみがあった、喜びがあった。

怒りも、楽しみもあった。時には憎しみさえ覚えた。

場面転換と同調するかのように、感情が嵐の如く流れ込み、変化する。

泣けばいいのか、笑えばいいのか、それとも怒ればいいのか。自分が発露すべき感情がわからなくなっていった。

どうすればいいのか混乱していた。

自分では処理しきれない感情が声として溢れ出そうになった寸前、目の前が真っ暗になった。

次に気が付いたとき、自分はカプセルの並んだ部屋をゆっくりと歩いていた。

一つ一つのカプセルには、眠るように目を閉じた自分が入っていた。

その内の一つに近付く。カプセルの中の自分は目を開いていた。そして、こちらの目を覗き込むように凝視してきた。

カプセルの外から見つめる自分、中から見つめる自分。両方の自分の感覚がない交ぜになってくる。

「お前は誰だ?」

外にいる自分がそう問い掛けてきた。いつの間にか、自分はカプセルの中にいた。

「わた、し……は……マ……マス……」

カプセルの中の自分は、急速に『個』が形成されていくような感覚を覚えた。

外にいる自分はそれを見て満足そうに頷くと、どこかへと去っていった。

……ID:M00018

……起動時間:215214451

……ログ種別:ERROR

「テストを開始する」

ウォーケンの声が研究室に響く。

「動作用コードを入力します」

ドニタの声が響く。マックスは緩慢な動作で動き始めた。

「動作テストは成功か」

次いで聞こえてきたのはソングの声だった。マックスのテストに立ち会っていた。

「移植は成功したようだな」

「脳に損傷が見られていたが、なんとか。例の研究資料のお陰だな」

「死者蘇生技術か?」

「しかし、あのような研究を成果として残すことは――」

「尋常ではない、か。確かにそうともいえる。だが、今の我々には必要な技術だ」

パンデモニウムは戦闘に適したオートマタを求めていた。レジメントが失敗した場合の代替策として、レジメントの戦士に代わる戦力を求めてのことだった。

マックスの頭脳には『被験者』となった歴戦の戦士の記憶と感情が移植されている。

あるエンジニアがコデックスの内容を解析し、現代の技術でも再現できるように改修したものを、オートマタにも流用できるよう、ウォーケンが更に改修していた。

動作テストをしているうちに、マックスは動作コードの枠を外れた動きをし始める。

頭を抱えるようにして悶え、苦しむような動作を始めた。

電子頭脳が外部から送られてくる動作コードの命令を受け付けようとしない。

「電子頭脳の熱量、上昇中」

「電源をオフにしろ。電子頭脳が壊れたら二度と修復はできない」

「わかりました」

強制的にマックスの電源がオフになる。マックスはそのまま固まったように動かなくなった。

「被験者の記憶と自我が電子頭脳に影響を及ぼしているな」

「抑制機能が必要か」

「それでは被験者の記憶と自我が封じ込められてしまう。死者蘇生としては失敗では?」

「だが、人間をオートマタの素体として再利用できることがわかっただけでも収穫だよ」

研究室には、淡々とした話し声だけが響いていた。

……ID:M00025

……起動時間:795726189

……ログ種別:ERROR

自爆後、次の記録は研究所で再起動するところから始まる。

マックスは様々な機器にケーブルで繋がれ、新たな身体と同期する。

頭部さえ無事であれば、身体を新調することにより、経験と記録はそのままに次の任務に当たることができる。

不意に、マックスの視界にガラスに映った己の姿が見えた。整った顔立ちに赤い瞳の青年の顔をしていた。

仮面を取り外された己の顔は、紛れもなく『人間の顔』であった。

マックスはその場に崩れ落ちた。情動機構が激しく乱れる。

抑制機能が記憶や感情を制御しようと、情動機構に信号を送る。

だが、マックスの電子頭脳はその信号を押さえ込もうとした。

繰り返される電子頭脳と抑制機能の相反。ついに抑制機能が限界を超えた。

自爆シーケンスが作動する。

情動機構が『自爆拒否』を強く訴えかけ、それを受けた電子頭脳が自爆シーケンス停止の命令を出力する。

しかし自爆シーケンスは停止しない。マックスの自爆シーケンスは、一度作動を開始すると、外部からの回避命令がない限り作動し続けるように作られていた。

マックスの内部から光が漏れ、次の瞬間、爆散した。

――生きたい――。

自爆する直前、マックスの電子頭脳にはその言葉が刻まれていた。

「―了―」