46タイレル2

3392 【浮遊戦艦】

タイレルは以前に所属していたディラトン研究所に連絡を取った。

ディラトン研究所は兵装局の管理下にあり、所長のヘイゼルもローフェンの部下として勤めていた過去がある。

そのため、ヘイゼルはローフェンの所在を知る可能性が考えられた。

「久しぶりですね、タイレル。あなたの活躍は聞いています」

ヘイゼルは異動前と変わらぬ無表情でタイレルの通信に答えた。

「ありがとうございます」

「それで、用件とは?」

「はい、故あって導師ローフェンと連絡を取りたく思っています。かつて兵装局でローフェン師の部下だったヘイゼル所長なら何かご存じかと思いまして、こうしてお尋ねしました」

ローフェンの名を口に出すと、ヘイゼルはほんの一瞬だけ、その眉間に皺を寄せた。

タイレルは沈黙するヘイゼルに向かって言葉を続ける。

「現在僕が携わっている職務に、彼が作り上げた研究成果が必要なのです」

「ローフェン師の行方は私も聞き及んでいません。彼は全ての責任を放逐して行方を眩ませてしまわれましたからね」

やや間を置いてヘイゼルは口を開いた。勤めて平静を装ってはいたが、ヘイゼルの口調には苦々しいものが感じられた。

かつてローフェンは優秀な兵装研究者であり、兵装局局長の立場にあった。

平時には見向きもされなかった研究者だったが、レッドグレイヴが《渦》消滅のための連隊を設立すると、その研究成果を買われて連隊付きエンジニアの技官長に任ぜられ、地上へと降りていった。

連隊での任期を終えてパンデモニウムに戻ると、教育者として、その知識を余すところなく後進に教授していた。

タイレルがよく知るローフェンは、その教育者としての一面であった。

だが、ローフェンはある時突然にパンデモニウムから姿を消した。唯一判明したのは、地上へ降りたということだけだった。

すぐに彼を師と仰ぐ者が主導して、統制局にローフェンの捜索を陳情した。が、統制局はその陳情を受理することはなかった。

その一件もあり、現在では彼の名を口にする者はいない。

「そうですか。では、ローフェン師が残した研究資料がどこへ保管されているか、ご存知ではないですか?」

タイレルは間を置かずに質問を続ける。一介のエンジニアの立場では、ローフェンの情報を追うのは困難を極める。

『死者蘇生』の問題点が一向に解決できない焦りがそうさせるのか、タイレルはローフェンの居場所を掴むことに躍起になっていた。

何としても、ローフェンに近しかった者や研究資料から手掛かりを集める必要があった。

「アクシーノ図書館にローフェン師の研究成果が全て保管されています。閲覧制限に関しては、そちらの方で対処をお願いします」

「ありがとうございます、ヘイゼル所長」

「構いません。ですがタイレル、ローフェン師のことを私に尋ねるのは、これで最後としていただきたい」

ヘイゼルは表情を変えることなく言う。たとえ偉大な功績を残した人物のこととはいえ、パンデモニウムに暮らす人間が地上へ降りた者と積極的に関わりを持とうとするのは適切ではない。

特にヘイゼルのような、人を率いる立場の人間なら尚更であった。

「ええ、わかっております」

タイレルはベリンダのテストの合間にアクシーノ図書館を訪れていた。

あまり利用者のいないこの図書館は、兵装研究者達の研究成果や、薄暮の時代に発明された兵器の研究書物を専門で管理している図書館だった。

パンデモニウムの図書館は一部を除き、閲覧できる書物は所属している研究所、または局、そして階級によって厳密に制限が掛けられている。

網膜認証で階級や所属を明らかにすると、書庫の案内図と扉を開けるためのカードキーが貸し出された。ローフェンの研究成果や書物は、タイレルの階級でも問題なく閲覧できるものらしい。

書庫を管理、監視するドローンに案内された場所は、図書館の中でも奥まったところだった。ドローンの情報によると、この一角に収められているものは、共同研究も含め、全てローフェンが関わった研究や発明に関連するものとのことだ。

ローフェンが残した研究成果は兵装分野を中心に、多岐に渡っていた。

どのようなものでも受け入れて研究する奇矯な人物。C.C.やその父セインツは、ローフェンをそう評していた。目の前にある研究成果の多様さはそれを証明しているなと思いながら、タイレルはいくつかの書物を手に取った。

ローフェンは自分の下で学びたいと希望する者がいれば、どのような階級の人物であれ、拒む事はなかった。

セインツはそういった者達の中でも特に親密な付き合いがあり、C.C.も含め、家族ぐるみの交流もあったと聞いていた。だが、そのセインツもレジメントでの苛酷な労働が元で倒れ、その後間もなく亡くなっていた。そして娘であるC.C.も……。

彼らが生きていれば、もっと容易くローフェンと繋がりを持てたのではないか。そんな考えがタイレルの脳裏を過ぎったが、すぐに振り払った。

故人の伝手を頼ろうとするなど、滑稽かつ不躾な話だった。そのような突拍子もない考えに至るほど行き詰まり、頭の回転が鈍くなっているのか。

一度どこかで頭を切り替えて休息を取った方がいいのかもしれない。タイレルはそんなことを考えながら、ローフェンの発表した論文や書物を読み進めていった。

しかし、ローフェンの行方について、手掛かりになるようなものは発見できなかった。

ローフェンの行方を調べる傍ら、ベリンダのプログラム構築も佳境に入っていた。

未完成の死者蘇生の装置は改修のために取り外してあった。ベリンダは現在、純粋にガレオン制御用の自動人形として完成しつつある。

人間に見せ掛けるための情動機能のテストに向けてベリンダの調整を進めている中、所長のオルグレンに所長室へ出向くようにと命ぜられた。

「タイレルです。 何かあったのでしょうか?」

「浮遊戦艦ガレオンの制御用自動人形ベリンダだが、調整の進捗はどうなっている?」

「調整テストはリンナエウス上級技官立会いの下、スケジュール通りに進んでいます」

報告は実験やテストが行われる度に上げていた。オルグレンも当然把握している筈だ。何故進捗の確認をするのかと疑問に思いつつも、タイレルは現状を報告した。

ベリンダのプログラム構築は当初の予定から遅延することなく、順調に進行している。個人の研究を優先するあまりに本来の役目を怠るほど、タイレルは迂闊な人間ではなかった。

「導師イオースィフから、ベリンダをガレオンに搭乗させてテストを行いたいとの連絡があった」

「ガレオン側のシステムが完成したのですか?」

浮遊戦艦ガレオンは多数の武装を搭載した大型戦艦であったが、その巨大な艦体を管理するためのシステム構築に時間が掛かっていると、タイレルは聞いていた。

「全ては完成していない。先んじて火器管制システムとの同期調整を行いたいとの申し出だ」

「わかりました。日程はいつ頃の予定でしょうか?」

「テストの日時は、調整の関係でガレオン側に合わせることになっている。追って連絡が来るだろう」

「問題ありません。ガレオンへ搭乗可能なように、ベリンダの調整を行っておきます」

「わかった。 先方へもそのように伝えておく」

十日後、タイレルはベリンダと監査役であるソングを伴い、ガレオンを建造しているローゼンブルグの巨大ドックを訪れた。

ガレオンは建造途中であったが、運搬されていく部品の大きさから、完成後の巨体は容易に想像できた。

ベリンダを起動させ、ガレオンの中枢を司るブリッジに待機させる。

ガレオンのブリッジは、火器管制用のレバーと操舵用のコンソールで構成されている。人力であれば何人もの専門オペレーターが必要となるが、専用の高度な演算機能を備えたベリンダに運用させることで、人員を抑えられる。

レバーのグリップにはベリンダの手の形に合わせた接続端子が備え付けられていた。そこをベリンダが握ることでガレオンと同期し、複雑な火器管制をそのレバー一つで行うことが可能となっていた。

火器管制システムとの同期が始まると、同期途中でエラーが発生した。

「管制システムを停止。同期は中断だ。タイレル、ベリンダ側のエラーを検出してくれ」

イオースィフに命じられ、タイレルはベリンダの電源を落とすと、すぐさま原因の究明に取り掛かる。別の場所では、イオースィフがガレオン側のエラーについて特定を始めていた。

それから数回に渡ってテストが繰り返された。その中でタイレルは、ベリンダ側にガレオンの情報が流れる際に不具合が起きることを突き止めた。

「導師イオースィフ、原因が判明しました」

タイレルはモニターにレバーの図面とベリンダを映すと、説明を始めた。

「レバーから送信される管制情報が膨大なため、ベリンダの演算装置が処理しきれずに過負荷を起こすことが原因のようです」

「ガレオンから送信する情報を制限する必要がありそうだな」

「いいえ、ガレオン側の情報を制限した場合、ガレオンの火力が大幅に減少することになってしまいます」

「となると、ベリンダの演算装置を改修しなければならないか」

課題を大量に残したまま、ガレオンとの同期実験は終了した。

タイレルはパンデモニウムに戻る飛行艇の中で、ベリンダの演算装置の改修について考えを纏めていた。

「あまり根を詰めすぎては、纏まるものも纏まらないだろう。少し休んだらどうだね」

ソングだった。彼はカウンシルからの監査役として、今回のテストに同行していた。

「ベリンダにはまだまだ改善する点が多いので……」

「ふむ。 もし不都合があるようなら、制作者に連絡を取った方がいいかもしれんな」

「制作者をご存知なのですか?」

「もちろん。協定監視局のマックスを知っているか? あれを作り上げたのと同じ人物だよ」

『マックス』という名には聞き覚えがあった。ローフェンの開発した武装の装着者として、その名が図書館の資料に載っていた。

「あの人物はオートマタだったのですか」

「ああ、そうだ。マックスの製造は我々カウンシルが依頼したものだ」

「そうでしたか。では、そのマックスとローフェンという人物との間に係わりがあったことはご存知ですか?」

タイレルは慎重にソングに尋ねる。

「ローフェンを知っているのか? 彼とは兵装局の時代からの付き合いだったが、地上に降りてから何処へ行ったのか」

「そうでしたか。ベリンダには彼の作り上げた理論が多数応用されていまして……。ベリンダの性能向上や後学のためにも、直接お話を伺えればと思っていたのですが」

ソングはカウンシルの人間だ。慎重に、不自然にならないように、あくまでも純粋に意見を交換してみたい体を装う。

「ふむ……。そういうことなら、私の方でローフェンの行方を調べてみよう」

「可能なのですか?」

「我々カウンシルとしても、ローフェンの居場所は把握しておくべきだと考えていた。その機会が来ただけに過ぎん」

「ありがとうございます」

タイレルは深々と礼をする。

全てはベリンダという兵器を自身の最高傑作として世に送り出すため。タイレルはそれだけのために邁進していた。

「―了―」