3398 【協議会】
夜更け過ぎの王宮は、緊迫した空気に包まれていた。
大会議室に集まったリュカと家臣団は、緊迫した相形でアスラのプロヴィデンスに関する報告を聞いている。
「我が連合内で内紛などしていては、帝國を止めることはできん」
「やはり、民族融和のための協議会を開くべきだ」
「各国の代表はこの事を知っているのか?」
「協議会を開催するとして、テロの警戒はどうする?」
アスラの報告を聞いたリュカと家臣達は、寝る間も惜しんで意見を交わし合う。
フロレンスは深呼吸を繰り返し、その様子をじっと見つめていた。
心を落ち着かせなければ。フロレンスはそれだけを考えていた。
あの時の光景がフロレンスの脳裏にまざまざと蘇る。トレイド永久要塞の凄惨な光景は、未だにフロレンスの心を蝕んでいた。
◆
メルツバウ王リュカの呼び掛けにより、各国や諸民族の代表がメルツバウ王宮に集められ、帝國への対応と民族融和の協議会が開催された。
フロレンスは護衛として協議会の安全を確保するため、リュカに随伴することとなった。
ルビオナ王国からも女王代行の執政官とオーロール隊のイームズが参加していた。この場で話し合われたことは、イームズを通じてエイダにも伝わるだろう。フロレンスはそう願った。
◆
協議会の初日は、融和に向けた解決策は何も出ることなく終了した。
リュカがいくら帝國の脅威と「もし敗北すれば全ての民族の存続すら保障はない」と説いても、各国や諸民族の代表は「帝國との交渉による解決策を探るべし」との意見を変えることはなかった。
民族が違うという理由で迫害され、安全に国家間を移動することもできなくなっていた諸民族の不安や不満は爆発寸前であった。
さらに連合諸国の全てが長引く戦況で酷く疲弊しており、ルビオナ王国を頂点とした連合国にこれ以上従うことはできないという意見さえ出掛かっていた。
◆
その日の夜、フロレンスはリュカの居室に呼び出された。
「大公、お話とは?」
リュカは大きく息を吸うと、フロレンスを真っ直ぐに見た。何か大きな決意をした様子に、フロレンスは固唾を呑む。
「明日の協議二日目の件だ。その場でお主がトレイドで見聞きした事を全て話してほしい」
「そ、それは……」
フロレンスは引き攣りそうになる顔を必死で抑えた。
「お主にとって辛いことであるのは重々承知している。だが、各国代表らは帝國の脅威をあまりにも知らなさ過ぎる」
「彼らは本当に迫っている危機が何であるかを知る必要があると」
「そうだ」
リュカは大きく頷く。だがフロレンスはどう返答すべきか考えあぐねていた。
その時、部屋の扉が小さく叩かれた。
「リュカ様、お時間よろしいでしょうか?」
アスラだった。プロヴィデンスへ偵察に出ていたが、何事かがあって報告に戻ってきたようだった。
「アスラか。しばし待て」
リュカはどうするべきか迷うフロレンスを見据えた。
「フロレンスよ、明日の協議会が始まるまで、じっくり考えてはくれないか」
「わかり……ました」
◆
アスラと入れ違いにリュカの部屋を出たフロレンスは、宛がわれている部屋に戻っても気分が落ち着かないままだった。
気分を変えようと外へと出る。
少し散策しよう。そう思い王宮の近くを歩いていると、見慣れない衣装を纏った男が周囲を見回している。テロリストかもしれない。フロレンスはそう思い、その男の後を追うことにした。
男を尾行していると、人通りの少ない兵士用宿舎の裏手へと向かっていることに気付く。男はそこで誰かと合流したようだった。暗がりでよく見えなかったが、合流した者の格好は先程のアスラに酷似していた。
何かを話している様子だが、フロレンスのいる場所からではその内容を聞き取ることはできない。
そうこうしているうちに二人は歩き出す。フロレンスは細心の注意を払いながら尾行する。
アスラらしき者達を追っているうちに、繁華街へと出た。
「見失ったか……。気付かれたのかもしれないな」
繁華街で人ごみに紛れた二人組を探すのは困難である。しばらく辺りを歩いてみたものの、やはりそれらしき二人組を発見することはできなかった。
フロレンスはもと来た道を戻る。アスラのことは気掛かりであったが、今は打つ手が見当たらなかった。
◆
繁華街は仕事帰りの人々で賑わっていた。家族への土産を買う者、酒場を渡り歩く者。様々な人が往来していた。
常に緊張のある軍に身を置いていたフロレンスの目には、それはとても掛け替えのない平和のように思えた。
帝國が攻め入ってくれば、この光景は二度と見ることができなくなる。人々の日常を守るためにも、自分はトレイドでの経験を話すべきなのだろう。
そんな風に思いながら、歩を進めた。
◆
翌日、フロレンスは協議会が始まる前にリュカの元へ赴いた。リュカを真っ直ぐに見つめてから一礼する。
「どこまでご期待に沿えるかはわかりませんが、本日の協議会で私の知る全てをお話しします」
フロレンスの決意を受け取ったリュカは、立ち上がると深々と頭を垂れた。
「頼む」
◆
協議会の二日目が始まる。フロレンスは護衛としてではなく、協議に参加する人間として席に着いていた。
リュカに促され、フロレンスは口を開く。
「私はかつてルビオナ王国軍オーロール隊に所属していました」
ルビオナ王国軍でも特別な部隊であるオーロール隊の隊員であった者が、何故メルツバウにいるのか。各国や諸民族の代表はざわめいた。
例外はルビオナの執政官と、その護衛であるイームズだけであった。彼らは固い表情でフロレンスを見つめていた。
「この者の身分は儂が保証する。ご列席のルビオナ代表も保証してくれるだろう。彼女がこれから語ることは全て真実だ」
「四年前のトレイド永久要塞で見たことを、これからお話しします」
フロレンスは静かになった代表達を一瞥すると、トレイド永久要塞であったこと、見たことを語る。
――帝國軍の巨大戦艦による蹂躙。
――巨大戦艦の甲板で起きた不思議な現象と、その後に始まった死者の軍勢による恐怖の行軍。
――そして現在、プロヴィデンスを包む悪夢はトレイド永久要塞で起きたことと全く同じであること。
――帝國は交渉などには関心を持たない。このまま連合国が解体されれば、力のない国から帝國の死者の軍勢によって為す術もなく蹂躙されてしまうであろうこと。
――このような恐ろしいことを起こさぬ為にも、今は民族同士で争っている場合ではないということ。
フロレンスが一通り話し終えると、リュカはルビオナの代表に同意を求めるように声を掛けた。
「相違ございませんな?」
「間違いございません。そして過日より帝國との国境に位置する交易都市プロヴィデンスにおいて発生している事象についても、その通りです」
各国や諸民族の代表らはルビオナの代表を一斉に見やった。プロヴィデンスが陥落したことを知っている者はいても、情報統制によるものか、それが死者の軍勢によるものであるとは知らぬ者が大勢であった。
フロレンスが語ったトレイド永久要塞でのおぞましい体験、ルビオナの代表が開示したプロヴィデンス陥落の実態により、協議の方向性は大幅に変わっていった。
死者の軍勢の脅威を退けるためにも、民族同士で啀み合っている場合ではないのではないか。協議はその方向に進み始めた。
◆
その矢先のことだった。
とある民族代表の従者の一人が、落ち着きのない様子で周囲を見回し、何かを取り出すような仕草をしていた。
テロを警戒している中、その従者の行動は目立つ。フロレンスは意識してその従者を見やる。不審な動きをしているその従者の顔には見覚えがあった。昨夜、アスラと何かを話していた男だった。
従者は手に小箱を持っていた。小箱を見た瞬間、フロレンスは以前アスラの手によって殺されたテロリストを思い出した。
協議会に出入りする人間は厳重な検査を受け、小箱や小包といった爆弾が入れられている可能性がある物は徹底的に排除されている。にもかかわらず小箱を持っているということは、誰かが内部でテロを手引きしている可能性があることを示していた。
「何をしている!」
咄嗟にフロレンスは従者の行動を咎めた。フロレンスの声を聞くが早いか、従者は小箱を振り上げた。
フロレンスは周囲を省みず、従者に掴みかかる。
「貴様、何をする!?」
「その箱は爆弾だな!」
フロレンスの言葉に会場は騒然となる。同時に、周囲の代表らは堰を切ったようにその場から離れようとする。
従者と揉み合う。何としてもその小箱を取り上げる必要があった。
「誰が貴様なんぞに!」
従者は小箱をリュカに向かって投げ付けようとした。
「……っ!!」
すぐさまフロレンスは従者の腕ごと小箱を抱きかかえた。
このままリュカがテロに巻き込まれて民族の融和を説く人物がいなくなれば、連合国は完全に解体となってしまうだろう。そうなれば、待っているのはグランデレニア帝國が死をもって支配する恐怖の世界だ。
リュカを救えるのならば、後々の平和に繋がるのであれば、命を賭すに値すると思った。
「大公! お逃げください!」
「いかん!」
リュカの声が響く。同時に、フロレンスの意識は焼き尽くされた。
「―了―」