47ルディア2

3389 【違反者】

私達が辿り着いたのは、エタンというバラク国でも比較的規模の大きな町だった。

町の傍を彷徨く危険な魔物を退けたということで、町の人にちょっと過剰なくらい感謝され、宿と食事の提供をしてもらえることになった。

町の人達は私のような年齢の女性が旅をしているのを珍しがり、色々と質問をしてきた。ずっとエクセラ以外誰とも会話をしていなかったから、私もついつい色々と喋ってしまった。

行方不明となった父と母を捜していること、その移動手段として馬車を探していることなどを話す。だけど、馬車の話をしたところで町の人は一様に口を噤んでしまった。

「馬車か……。 《渦》のせいでこの町を定期運行している馬車は無いんだ」

宿のおじさんが沈痛な表情で溜息と一緒に言う。

ストームライダーと呼ばれる人達でなければ、馬車を出しても《渦》に巻き込まれてしまう危険が高いんだとか。

「そうですか。困ったな……」

「もっと大きな都市……たとえば他の国と交易をやっているような都市に行けば、もしかしたら使わなくなった馬車か馬を売ってくれるかもしれないね」

「ここから一番近い都市はどこになりますか?」

私はポータブルデバイスの地図を出しておじさんに尋ねた。

「お嬢さん、凄いもの持ってるねえ」

おじさんは目を丸くしていたが、すぐにバラクとメルツバウの国境にある交易都市の位置を指し示すと、そこまでの行き方を教えてくれた。

エタンの町を出て二日程歩いた高原地帯で、頭に茸を生やしたウサギのような魔物に出くわした。《渦》が活発に活動しているのか、エタンの町を出立して以降、幾度も魔物に襲われていた。

それと、その頃から散発的な頭痛に見舞われるようになっていた。こまめに休息を取りながら進んでいるものの、頭痛が治まりきらない内に魔物に出くわすことも多々あった。

ウサギは私達の進路を阻むようにして臨戦態勢を取っている。威嚇行動なのか、ウサギは鋭い歯を剥き出しにしている。

「エクセラ、テイザーの準備をお願い」

「わかりました。発射のタイミングはお任せします」

私が高周波ブレードを抜くと同時に、ウサギが飛び掛ってくる。

「今だ!」

私の合図でエクセラがテイザーを発射する。間を置かずにテイザーで痺れたウサギをブレードで切り伏せる。

「別の魔物の反応を確認。数は四体です」

「まだいるのか」

周囲を見渡すと、さっき倒したのと同じ姿をしたウサギが私達の目の前に現れてきた。

じわじわとウサギ達は距離を詰めてくる。緊張で身体が張り詰めるのがわかった。

「くっ、こんな時に……」

緊張のせいか頭痛が酷くなる。それに伴ってか、視界に黒い靄のようなものが現れ始めた。

「ルディア様!」

危険を知らせるエクセラの声が大きく響く。

ウサギ達が飛び掛ってきたのが見える。私はそのウサギ達に立ち向かっていく形で走り出し、ブレードを振るって一体を切り伏せた。

そのまま一気に走り抜けると、ウサギ達は機敏な動作で私達を追い掛けてきた。

一際すばしっこい動きを見せる一体が、私との距離を詰めてくる。

「まずい! エクセラ、テイザーを!」

「駄目です。間に合いません」

ブレードを振るうが、ウサギは軽やかにジャンプして回避してしまう。そのままウサギはブレードの峰の部分を蹴り飛ばして私の眼前に着地する。

「くっ!!」

私は距離を詰められないように動き回りながら、ウサギの様子を注視する。ふと、さっきの黒い靄のようなものがウサギにまとわりついていくのが見えた。

そして、その黒い靄のようなものと、ブレードから伸びる影が繋がっていることに気が付いた。

ブレードの柄を通して、靄のようなものの感覚が伝わってくる。

それを自覚した瞬間、私は傍にあった大きな岩の影に向かってブレードを突き刺した。

ブレードの影とウサギの周囲にまとわり付く靄が岩に縛り付けられた。そのままブレードを引き抜いて離れる。

再びウサギは飛び掛ってこようとするが、岩に繋がれた靄が縄のようにウサギを引っ張り、ウサギの体勢を崩した。

「テイザー、発射します」

エクセラの声と共にテイザーが発射される。痺れたウサギをブレードで貫き、沈黙させた。

「エクセラ、残りは?」

「あと二体です」

私は頷いてブレードを構える。よく見ると、ブレードにも靄のようなものがまとわり付いているのがわかった。

ウサギ達との睨み合いが続く。ブレードの靄は少しずつ鋸の刃のように鋭く変貌していった。ブレードの靄が完全に刃のような形を取ったとき、ウサギ達は突然、何かに怯えたように毛を逆立てて走り去っていった。

「魔物の反応消失。 どこかへ逃げたようです。大丈夫ですか、ルディア様」

「うん、大丈夫。ところでエクセラ、ブレードに黒い靄みたいなのが出てきてるんだけど、これが何かわかる?」

「申し訳ございません。高周波ブレードには何の反応も確認できません」

「そんなはずは……。 あ、あれ?」

エクセラの言葉に驚いてブレードを見てみると、靄のようなものは消えていた。

「ルディア様、極端な疲労が検出されました。休憩を取りましょう」

エクセラに促されるまま、私は少し先にあった木陰で休息を取った。

確かに疲れてはいた。けれど、さっきまで断続的に襲ってきていた頭痛は、いつの間にか消え去っていた。

それ以降は危機に陥るようなこともなく、私達は高原地帯を越えることができた。

バラクとメルツバウの国境に位置する交易都市バイアントは、活気に溢れた大きな都市だった。

今も交易が行われているだけあって宿泊所も充実しており、暫くの滞在にも困らないように思われた。

安い宿泊所で手続きをしていると、宿のおばさんから号外と銘打たれた新聞を渡された。「旅をしているなら目を通しておいたほうがいいよ」との念も押されてしまい、不思議に思いながらもその新聞を受け取った。

宛がわれた部屋でエクセラと一緒にその新聞を見ると、レジメントの英雄達の手により《渦》が完全消滅した、という報せが大々的に書かれていた。

「渦が……。父さんと母さんに連絡が取れないのは、渦の消滅が関係してるのかな?」

「施設での事後処理に追われている可能性があるということでしょうか。一度、家に戻りますか?」

「ううん、このまま施設まで行こう」

「ご両親が家に戻られるとはお考えにならないので?」

「父さんのデバイスには定期的にこっちの居場所を送っているからね。連絡に気が付けば向こうから迎えに来てくれるよ」

「わかりました」

数日の情報収集の結果、バイアントの自治体がメルツバウの首都に使者を送る馬車に同乗させてもらえることになった。

他にもメルツバウに急ぐ人が何人かいたのもあって、自治体が特別に許可してくれたんだ。

メルツバウの首都へ向かうことにしたのは、渦の消滅に伴い交易が活発になるんじゃないか、であれば、様々な情報が集まる首都へ向かったほうが良いのでは。

エクセラがそう提案したからだった。

メルツバウの首都へは一週間程で辿り着くことができた。

途中、魔物の襲撃もあったけれど、旅の初め頃に出くわした魔物に比べれば、取るに足らない小物ばかりだった。

《渦》の消滅に伴って、魔物の数自体が減っているように思えた。

私達はメルツバウの首都に暫く滞在して各国の情勢を集め、サベッジランドへ向かう最短ルートを模索することにした。

《渦》が消えたことで移動は格段に楽になる。

だけど、そう簡単にはいかないことが起きてしまった。

メルツバウの首都に滞在してから三日程が経った、ある日の夜のことだった。その日は旅費や宿泊費を賄うために日雇いの仕事をし、エクセラの待つ宿に向かっていたんだ。

人気の少ない路地の更に裏の道から、真っ赤なローブを着た二人の男が出てきて、行く手を阻まれた。

「すみません、通してください」

見上げるようにして声を掛けると、男達は威圧的な態度を隠すこともなく口を開いた。

「我々は協定審問官だ」

「No-11544、ルディア・ドレッセル。協定違反により、お前の処分が決定した」

赤いローブの男達は矢継ぎ早にそう告げた。協定審問官《インクジター》という名前には聞き覚えがあった。

「意味がわかりません。私の父、ドレッセル技官はこのことを知っているのですか?」

「お前の質問は受け付けない」

男はにべもなく言い切ると、魔物退治用に売っているような鋼の剣を抜いた。

反射的にまずいと思った私は、踵を返してその場から逃げるように駆け出した。

「待て!」

剣を構えたままそんなことを言う奴の命令なんて、誰が聞くもんか。そんなことを思いながら、私は人通りの多い場所を目指した。

繁華街に出てからも暫く走り続けてから周囲を見回した。赤いローブの男達は追ってきていないようだった。

彼らは人目につくような場所では襲ってこないのかもしれない。そんなことを思いながら繁華街を行き交う人に紛れて宿に戻ると、エクセラに協定審問官について尋ねた。

「エクセラ、一体どういうことだと思う?」

「わかりません。私達の行動がキングストン協定に抵触しているのであれば、私の演算機に違反が検出されます」

「そっか……」

次の日の朝、私達は宿を引き払い、メルツバウの首都からフォンデラートへ向かう馬車へと乗り込んだ。彼らがこの首都で私達を探しているのだとしたら、これ以上の逗留は危険だと思った。

彼らは有無を言わせずに剣を抜いてきた。彼らに従えば、パンデモニウムに帰れるどころか殺されてしまう。そんなことくらいは容易に想像が付いた。

こうして、私達は理由もわからぬまま、インクジター達に追われることになった。

でも、父さんと母さんに会えれば、きっとパンデモニウムに掛け合ってくれる。違反なんかしてないことを証明してくれる。

そう信じて、私達は旅を続けたんだ。

「―了―」