37コッブ3

3372 【名誉】

コッブはアップスターズが会談の場所に指定してきたホテルへと向かっていた。

「噂は本当ですかね。あいつらのボス」

「さあな」

ドライバー兼ボディガードのヘイリーが、後部座席のコッブに声を掛けた。

「でも、マジならすげえ話だ。絶世の美女だとか」

「馬鹿野郎、よく考えてみろ。伝説とやらがホントならシワだらけのババアだろ。でなきゃ魔女か化物だ」

「いや、でも昔の姿のままだって噂なんで」

運転席のヘイリーは頭の回転は少し鈍いが、こと暴力に関しては躊躇のない男だ。コッブはその点を信頼していた。ただ、あまりにも馬鹿話が好きで下らないことをよく喋る。

今日は例のブツの件でアップスターズとの会談が行われる。さすがのコッブも、今日はこの男のムダ話を聞きたい気分ではなかった。

「お前は魔女とやりてえのか?」

「へへ……一度くらいなら、その」

「呆れた野郎だ。もう口を閉じて運転だけしてろ」

思ったままを口に出す正直なところも気に入っているのだが、今は無視することにした。

この階層で最もクラスの高い、インペリアルホテルの表玄関に着いた。

「お前はロビーで待ってろ」

「すげえホテルだ。ここなら何も起こしようがねえ」

「いいか、わかってるな」

「ええ、もしものときは……。わかってますよ」

ビビっても仕方がない。この稼業にはつきものだ。それにヘイリーもクソ度胸だけはある男だから大丈夫だろう。

ヘイリーをロビーに置いて、指定された部屋にコッブは向かった。

部屋は16階にあった。自分以外誰も乗っていないエレベーターが昇っていく。

アップスターズ――成り上がり者――と呼ばれる組織は、元々プライムワンと関わりが深いと言われていた。何より、その創設者とされるボスは元々プライムワンの一介の情婦だったという話だ。しかし、そんなものは噂に過ぎないという説もあった。それに組織の年寄りに話を聞いても、何故かこの件についてははぐらかされることが多かった。

自分はアップスターズのボスがどんな人物であろうと気にしていなかったが、この組織の上部について秘密が多いことは確かだ。

エレベーターが16階に着き、エレベーターフロアーにいたボディガードに部屋まで案内される。フロア全てが貸し切られているようだった。

「どうぞ、ボスがお待ちです」

ボディガードはそう言ってドアを開けた。

「ボディチェックはいいのか?」

「俺達のボスにその必要はありません」

「そうかい。たいした自信だ」

コッブは部屋へと入った。向こうから長身の男が現れた。見栄えのいい男で、モブスターには見えない。

「ようこそ、こちらでお待ち下さい」

スイートの会議室へ案内される。少し待つと女が現れた。

「はじめまして。私はビアギッテ」

美しい女だ。噂通りの。だがこの女が本当のボスかはわからない。組織によっては表向きだけのボスを立てることもある。

「どうも、コッブだ」

「手短に済ませましょう。例のモノを取り扱いたいとか」

アップスターズと繋がっている相談役を通して、自分のシマで新型のクスリを捌く件について話し合いを持ちたいと伝えていた。

「無駄な争いをするより、互いに儲かる方がいいと思ってね」

「それはそうね。私達も争うのは好きではないわ」

顔色一つ変えることなく冷淡に言いきるこの女をこの場で斬りつけたらどうなるか、一瞬想像してみた。

「なら話は早い。俺達にもブツを流してくれ」

この女をこの場でぶっ殺しても得は無い。わかっている。

「条件は?」

「互いのシマをこれ以上荒らさない。ブツの卸価格はそっちが決めてくれていい」

まずはブツを扱うことが先決だ。ブツの出処がわかれば、その後は別のやり方もある筈と踏んでいた。

「ずいぶんと好条件ね」

「ブツを持ってるのはあんたらだからな」

ここは相手に見くびらせておこうとコッブは思っていた。面子を潰されれば、それはそれで抗争の立派な理由になる。

「こちらの手数料は無しでいいわ。 私達が取引している相手を紹介するから、そちらと直接やりとりして。ただし、互いのシマを荒らさないという点は守りましょう」

「それであんたらがいいのなら」

気味の悪い申し出だったが、とりあえずは受けておこう。

「決まりね。じゃあ、あとはこのクーンに任せるので、彼と話し合って。よろしく、クーン」

アップスターズの女ボスは席を立った。

「これからはうまくやっていきましょう」

「ああ。これからはな」

そう言うと微笑みながら握手を交わし、女ボスは去っていった。

「商品の取扱方法を説明しましょう」

クーンとブツの受取方法の詳細を詰めて、会談は終わった。

「どうでした?」

ロビーで待っていたヘイリーが自分のところに来ると、第一声そう言った。

「一応、取引の目途はつけた」

「で、ボスはどんなやつでした?」

「噂通りだったぜ」

「マジですか!? 魔女でした?」

「見ただけでわかるかよ。それに興味もねえ」

「すげえな……。ほんとにいたんだ」

「あまり口外するなよ。 アホだと思われるぞ」

言っても無駄だろうが、釘は刺しておいた。

「ええ、もちろん。秘密の会談ですからね」

ブツの取引はスムーズに進んだ。指定の場所に現れた男に金を渡すと、きちんとブツが手に入った。

ブツの入っていたバックを調べてみると、どうやら宗教団体が製造を行っているようだった。その宗教団体も探ってみたが、確かにアップスターズの影は無い。

あいつらに旨味のない奇妙な取引だったが、とりあえず暫くは様子を見ることにした。

半年も経つと取引も順調に拡大していき、儲けも大きなものになった。プライムワンの他の組へもブツを卸すようになって、組織内でのコッブの存在感は見る見る大きくなっていった。

そうして一年が経った頃、上納金の額も幹部の中でトップクラスになり、ボスのコッブに対する扱いも変わっていった。ただ、若すぎるコッブが幹部の中で大きな権力を持つことは、他の古参幹部の大きな反発を受けることにも繋がった。

「ブツの独占はおかしい。 組織には規律が必要だ」

ある幹部が定例の会合でブツのやり取りについて異議を出してきた。

「だが、この取引を始めるときにリスクを取ったのはコッブだからな」

相談役のクレメンザが助け舟を出す。

「そうはいっても、今は奴のシマだけで捌いてる訳じゃない。なのに、どの幹部もコッブから買い入れてるのが現状だ」

他の古参幹部もこの言葉に同調する。ここは思案のしどころだった。

確かに大きく儲けることができたが、そのスピードが思ったより早く、味方を作る前に反発を買うことになってしまった。

「まあ、暴利を貪ってるわけじゃありません。あくまで手間賃程度のものです」

「なら、ブツの元締めを俺達が扱っても問題ねえんじゃねえのか?」

幹部の語気が荒くなった。

「まあ落ち着け。少し時間が必要だろう。持ち帰って考えろ、コッブ」

ボスが取り成した。

「わかりました」

「ワシはブツの扱い自体をやめた方がいいと思っている」

最古参で、自分のシマでブツを扱っていない幹部がそう言った。同意するように頷く幹部も数人いる。

「子供や若い母親にも売ってるって話じゃないか。 そんなことを続ければ街自体が成り立たないし、サツ共との折り合いも悪くなる」

「本当か? コッブ」

「売ってるつもりはありません」

「しらばっくれるな、若造が! 金にばかり目が眩みおって」

「ブツの取引は続けてもいいが、売人共の管理はきちんとしろ」

ボスは面目を保つためにコッブに言った。

「わかりました」

「まあ、次の会合までに考えておけ」

定例の会合は終わった。

コッブは面倒事をクリアする方法を思案していた。ブツの取引を分けるのは避けられない状況だ。だが、このまま他の幹部にみすみす利益をやるのは馬鹿らしい。せめてブツの反対派を潰して自分のシマを拡げるくらいしないと旨味のない話だ。やり方は考えないといけない。

そんな考えを巡らしているうち時、事件が起こった。郊外地区の支部が壊滅させられたのだ。

荒事には慣れていたが、状況が謎だった。

支部は『ヴィジランテ』と呼ばれる謎の男一人によって壊滅させられたのだった。

「―了―」