20エイダ5

3399 【瘴気の穴】

交易都市プロヴィデンスが帝國軍の巨大戦艦ガレオンによって陥落。次いで死者の軍勢で溢れかえった。ルビオナ王国軍はすぐさまプロヴィデンスを奪還すべく出兵したものの、作戦は失敗。

悪戯に死者の軍勢を増やすだけの結果に終わっていた。

エイダは女王アレキサンドリアナからの緊急招致を受けていた。

「あなたに伝えなければならないことが起きてしまいました」

アレキサンドリアナは悲痛な表情でエイダに告げる。

「何が起きたのですか?」

「エイダ、落ち着いて聞いてください。フロレンス・ブラフォードがテロに巻き込まれました。生死は不明ですが、書状の内容ではおそらく……」

静かに、だが悲しみを堪える表情でアレキサンドリアナはそう告げた。

「……フロレンス、が?」

フロレンスがリュカ大公の下で新たな道に進んでいることは、イームズから報告を受けていた。その報告を聞いてからひと月も経っていない。頭を殴られるような衝撃がエイダを襲う。

「詳しい内容をお聞かせ願えないでしょうか」

「勿論です。バード、書状を」

メルツバウから緊急で送られてきた書状を、アレキサンドリアナはエイダに公開した。

死者の軍勢という脅威に対して団結しかかった協議会を襲った悲劇。フロレンスは協議会に参加していたリュカや各国の代表を守るため、命を賭してテロを阻止したと記されていた。

「フロレンスは己の意思を貫いたのですね……」

暫くの沈黙の後、エイダは鋼の如き心を持つ戦友の顔を思い浮かべながら、ようやっと言葉を発した。

フロレンスは連合国の平和を願い、国と国の繋がりを守ろうとの信念を持っていた。その結果がどうであったとしても、彼女の決断を否定してはならない。

「私もそう思います。そして、私は彼女が命を賭して守った連合国を、なんとしても帝國から守り抜きたいです」

アレキサンドリアナは目尻を拭うと、表情を一変させた。決意と覚悟を決めた女王の表情に、エイダは自然と威儀を正す。

「陛下……」

「調整ができ次第、リュカ大公に軍の統帥権を譲渡します。これにより、連合国の執政は変化するでしょう」

現在のルビオナ連合国内で最も軍事的手腕に長けた人物、それはメルツバウ国のリュカ大公だ。だが、他国の王位継承権を持つ者は連合国の政治から排除されてきた。その歴史の中でリュカ大公が政治の中枢に入るということは、連合国の様相そのものを変えかねない。

だが、それを迷っているような時間が残されていないことは、エイダも痛感していた。

「……それは、大変な決断をなされました」

「いいえ。私も大儀を果たさねばならぬ時が来たのです。今までのことを考えれば、遅すぎたと言ってもよいでしょう」

そこには、ただ祭り上げられるだけではない、ルビオナ連合国という大国を纏め上げる一人の女王の姿があった。

年が変わってすぐ、リュカ大公に統帥権が譲渡されることが発表された。と同時に、プロヴィデンス解放に向けた大規模作戦の展開が決定された。

オーロール隊はルビオナ王国内の有事に備える予定だったが、作戦に投入する戦力増強の求めに応じるため、王宮警護のガンマ中隊を残して派兵に参加することとなった。

プロヴィデンスは悪夢の都市と化していた。尋常ならざる要因で、生者が次々と死者の軍勢に変わっていく。

トレイド永久要塞以上の悲惨な状況を覚悟していたが、この事態は想像を遙かに超えていた。エイダは悲しみと嫌悪を隠すだけで精一杯だった。

それでも、ここで死者の軍勢を完全に殲滅しなければ、連合国どころか人類そのものが滅びてしまう。エイダを含めプロヴィデンス解放部隊に参加する者は皆、その思いを共にしていた。

装甲猟兵の銃弾が死者の軍勢を薙ぎ払い、動きが止まったところを歩兵の火炎放射器が完全に焼き尽くし、後続部隊の侵入経路を確保する。

数人の兵がガレオンの内部に突入していくのがエイダの視界に映った。ガレオンを制圧して死者の軍勢を作り出している原因を止めることができれば、勝機が見える。

ガレオンを守るためなのか、死者の軍勢がガレオンの内部へと入ろうと動きを変えた。それをオーロール隊や歩兵が排除する。

そろそろ補給が必要かと思った頃、ガレオンの周囲はほぼ完全に制圧が完了していた。

「何か出てくるぞ!」

「待て。撃つな! 突入した兵士かもしれん!」

ガレオンから出てきたのは、アニスというフォンデラート出身の兵士だった。

彼女は最前線の部隊に志願した勇気ある女性兵だったため、エイダにもその印象が強く残っていた。

アニスは自身も怪我を負っていたが、更に重傷の男を抱えていた。

「A分隊、彼女を救護しろ!」

エイダは叫ぶ。程なくしてアニスと男は救助され、城壁付近に設営された兵站へ運ばれた。エイダ達もアニス達を追うように、補給のために兵站へと戻った。

兵站には、前線に迅速に指示を出すためにと、リュカが姿を見せていた。

アニスに抱えられていた男はタイレルと名乗り、自らを導都パンデモニウムのエンジニアだと言った。そして、ガレオンを制御する機械の製造責任者であり、今回の暴走の原因を突き止めに来たのだとも話した。

兵士達は騒然となった。タイレルをすぐに殺そうと言い出す者も現れた。エイダでさえも沸き立つ怒りに襲われた。だが、目の前にいるのは死者の軍勢を止めるための手立てを知る唯一の人物である。エイダは自らの気持ちを抑え込み、リュカと共にタイレルに襲い掛かろうとする兵士達を制止した。

兵士達が遠巻きに見守る中、リュカがアニスとタイレルに何があったのかを問い質す。

「大公、僭越ながら申し上げます。私とスプラートはこの男を発見してすぐ、アスラ特使の襲撃を受けました」

「アスラが!? そのようなことが……。何かの間違いではないのか?」

リュカは信じられないという表情でアニスを見やる。

アスラという男はリュカに忠誠を誓う忠義の者であると伝え聞いていた。主であるリュカの態度からも、アスラへの信頼を感じ取れる。

「彼女の言葉は真実です。真偽はこの音声を聞いてから判断を」

タイレルは導都へ提出するためだという記録装置を取り出し、再生する。

いきなり鋭い打撃音が鳴り響き、次いでタイレルのくぐもった呻き声が聞こえてきた。

『吐け。ベリンダという女を御する方法は何だ』

『ああなった以上、ベリンダを制御する方法はありません。例え彼女を制御できたとして、あなたは何をするつもりなのですか?』

『あの力を手に入れる。それだけだ』

『彼女は死そのものと化しました……。常人に扱いきれるものではない』

『そのような事は聞いていない。吐け、どうすればあの力を手に入れられる』

淡々としたアスラらしき男の口調に、エイダは薄ら寒いものを感じていた。

「アスラが……、信じられん。だがこれは……」

リュカは最初こそ動揺したものの、声の主がアスラのものであると確信すると、態度を改めた。

アニスに謝罪を述べると、リュカはタイレルに向き直る。

「タイレルと申したな。貴殿に尋ねたい。このおぞましい死者の軍勢を止める手立てはあるのか?」

タイレルは少し考えるようなそぶりを見せ、一つ頷いた。

「ええ。理論上は可能です。ですがそれを知ったとして、あなた方はどうするのですか? あの男のようにベリンダの力を手に入れるつもりですか?」

タイレルの物言いに、周囲の兵士達から唸り声のようなものが漏れた。言葉にならないどうしようもない憎しみや怒りが、タイレルに向けられていた。

「我々は我々の国が滅びるのを何としても防がねばならん。あまり手荒な真似はしたくないが、手段を問う時間はない。話さぬというのなら、相応の対応をさせてもらう」

リュカの鬼気迫る物言いと表情だった。ただ徒に歳を重ねたのではない凄みが、そこにあった。

「……わかりました。説明しましょう」

タイレルは小さなデバイスを取り出すと、ガレオンの内部構造を表示させて静かに説明を始めた。

死者の軍勢を作り出す力は、元はベリンダという制御装置に備えられた機能だったが、何らかの要因で暴走して制御不能となったこと。

ベリンダの力が暴走した結果、今のガレオンはこの世界と別の世界――死者の軍勢を作り出す瘴気に満ちた世界――とを繋ぐ、結節点と呼ばれる穴の役割を持っていること。

「何故そんなことになってしまったのだ?」

「我々はそれを調査して結節点を塞ぐ方法を探りに来たのですが。思わぬ干渉を受けてしまいました。そのため、調査途中であるとしか」

「アスラか……」

「ええ。あの男はずいぶんとベリンダの力に固執しているようでした。彼は一体何者なのですか?」

「いや、アスラの事はいま考えるべき事ではない。それで、どうすればその瘴気を防げるのだ?」

タイレルはデバイスを操作し、ガレオン内部のある一点を指し示した。

「ガレオンの動力源であるケイオシウムバッテリーを爆破するのです。そうすればケイオシウムのエネルギー振動が暴走します。それを利用します」

タイレルは言葉を続ける。

「エネルギー振動が暴走することで周囲の空間、この場合はガレオンごと結節点を吹き飛ばすのです。現状で採れる方法はこれしかありません」

「では、装甲猟兵で空中から動力炉を狙うのが安全か」

「いいえ。万が一に狙いが外れると、結節点が拡がる可能性があります。そうなればもう結節点を塞ぐ手立ては失われ、ガレオンに近付いただけで我々は死者の軍勢となるでしょう」

「となると、内部に侵入して時限爆弾を仕掛けるしか手がないか……」

「動力炉の確実な破壊には、それしか方法はありません」

エイダと十数人の兵士が白兵戦装備を装着し、ガレオンの侵入口に立っていた。

彼等は白兵戦に長けた精鋭達だ。エイダを隊長とした少数精鋭でガレオンに侵入し、動力炉を爆破する任務を遂行することとなった。

一つ間違えば死が待つ任務であったが、手段を選んでなどいられなかった。

「行くぞ」

エイダの号令により、兵士達はガレオンの内部に突入する。

ガレオンの内部は不気味な程に静まり返っていた。

タイレルが提示した地図に従い、慎重に歩を進める。何処に死者が潜んでいるかわからない。ましてやアスラの動向も不明だ。兵士達の進軍は慎重なものとなっていた。

前方を進んでいた兵士が死者を発見したという合図を出した。エイダ達は時限爆弾の運搬兵を守るように隊列を組む。

エイダの合図と共に死者はすぐさま焼却された。周囲を確認して進軍を再開しようとしたその時だった。

後方で警戒をしていた兵士が、悲鳴も上げずに崩れ落ちる。

「なんだ!?」

辺りを照らすライトが一つの影を捉えた。それは紛れもなくアスラの姿だった。数人の兵士を殺害したアスラは運搬兵を見やる。

「小賢しい真似をする」

アスラはエイダ達がやろうとしている事に気付いているようだった。

すぐさま兵士達がアスラに向けて小銃の引き金を引く。そこに躊躇いは無い。だが、アスラは銃撃を難なく回避する。兵士達は運搬兵に近付けさせまいと、引き金を引き続ける。

「ラクラン大尉! ここは我々が食い止めます!」

「頼む!」

運搬兵を先に走らせ、エイダはその後に続く。

後方から悲鳴が上がるのが聞こえた。叫ぶような声も聞こえた。エイダと運搬兵はその悲鳴を振り切るようにして、動力制御室へ向かうしかなかった。

アスラや死者の手を逃れたエイダと運搬兵は、何とかガレオンの動力制御室に辿り着いた。

「ここか……」

動力制御室の中に死者がいないことを確認すると、中に入り、扉を閉める。

だが、このまま制御室に時限爆弾を設置して退避しても、アスラが爆弾を取り外す可能性が考えられる。そうなれば作戦は失敗だ。それに一刻の猶予も許されない。

「爆弾の設置を開始します」

「……すまない」

エイダも運搬兵も、ここに来るまでに覚悟を決めていた。

運搬兵は動力炉に一番近い場所へ時限爆弾を設置する。しかし時限装置は作動させない。運搬兵は手順どおりに安全装置を解除していく。

フロレンスはルビオナ連合国という国を存続させるために命を賭した。何人もの部下がアスラの襲撃を受けて犠牲になった。

ならば、命を失うことが明白であったとしても、自分達は何としても死者の軍勢を生み出す原因を叩き、人類をその脅威から救わなければならない。

エイダと運搬兵は頷き合うと、時限爆弾の起爆スイッチを押した。

エイダ達がガレオンに向かってから暫くの時が経過した頃。

後方に一時退避していたリュカ達の元に、閃光と共に耳を劈くような爆音がプロヴィデンスから聞こえてきた。

「おぉ……!」

「これで、死者共はもう……」

確定したと思われる勝利に沸き上がる連合国軍。

その中でただ一人、タイレルだけがじっとプロヴィデンスの方を凝視していた。

「―了―」