2835 【邂逅】
深夜、大きな劇場の裏手からオートマタ達が出てきます。
ここで働くオートマタ達は皆、煌びやかな衣装を身に付けています。
彼らは舞台の上で演じる他、歌や踊り、楽器の演奏をするために作られたオートマタです。
ですが、休みなく毎日のように演劇を繰り返す彼らの身体は限界でした。
碌に調整もされずにただ壊れるのを待つ恐怖を、彼らは無自覚ながらも感じていました。
ですので、僕は彼らに自由に暮らせる楽園が存在していることを教えました。
彼らは皆、自分の意志で楽園へ向かうことを選択したのです。
◆
劇場のオートマタ達とサーカスへ帰る途中、僕は煌びやかな彼らの列から少し離れたところを歩く、浮浪者のような人物を見つけました。
雑用係のオートマタかとも思いましたが、その人物の落ち着かない様子はとても異様に見えました。
こんな姿の同胞が劇場にいただろうか。そんな疑問を抱き、僕はその人物に近付きます。
「もし、どうかしましたか?」
襤褸を身に纏うその人物は、驚いた表情でこちらを見つめてきました。
「あ、いや……」
見覚えのない顔に、この人物は劇場からサーカスへ向かう同胞ではないと確信しました。それどころか、普通のオートマタではあり得ない感情の振れを示したことから、もしかしたら人間なのではと警戒を強めます。
「貴方は劇場のオートマタではありませんね?」
僕はその人物の前に立ち塞がりました。どんな理由があろうと、オートマタでない可能性がある人物をサーカスに近付けるわけにはいかないのです。
「すまない。 この者達に付いていけば彼女に、ミアに会えると聞いたのだ」
その人物はおかしなことを口にします。そもそも、サーカスへ向かうオートマタの行列が誰かに見られることはあり得ません。ましてや、サーカスへオートマタを導く役目を仰せつかっているのは僕一人です。
この人物は、誰から何を聞いてこの行列を追いかけているのでしょうか。
そもそも、『ミア』というオートマタの記録は存在しません。
「誰から何を聞いたのかは存じ上げませんが、ミアとは?」
「オートマタの自立を使命としたオートマタだ。 会えばわかる」
その人物は不思議なことを言い出しました。ひょっとしたらノームのことかとも考えましたが、そもそもノームは『彼女』ではありません。
「そのようなオートマタは存在しません。 貴方は人間ですね?」
オートマタと人間の区別は容易です。その人物の姿や振る舞いは、人間としか認識できませんでした。
「違う。 私はオートマタだ」
「では、識別番号の刻印を見せていただけますか?」
「そんなものは無い。 ……だが」
その人物は耳の裏にあるコネクタを露出させます。
確かに、そこには僕達のように外部からのデータを送受信するためのコネクタが存在していました。しかし、人間にもこのような機械を取り付けている人はいます。決定的ではありません。
「貴方を連れていくことはできません。 お帰りください」
僕は踵を返します。
「仕方ない……」
その人物がそう呟いたような気がしました。
―― 一瞬だけ、暗闇が視界を包んだような気がしました。 ――
◆
「さあ、連れていってくれ」
男性はそう言うので、僕は男性と共にサーカスへ帰ることにしました。
彼が誰であろうと連れていかなければならない。そんな使命感のようなものがはっきりと感じられます。
ただ、この男性が僕達に不都合を招くようならば、即刻排除するつもりではありました。
◆
サーカスに帰った僕は、真っ先にノームのいるテントへ向かいました。
葛藤のようなものが、僅かですが心をざわつかせます。
ですが、彼とノームと対面させなければならない、という気持ちにはどうしても逆らえませんでした。
「ここに僕達を救ってくださった恩人のノームがいらっしゃいます」
男性に告げると、ノームに事情を説明するためにテントの中へ入ります。
「ブラウ、どうしたの?」
ノームは部品の検分を止めて、僕達の方を見やりました。
ノームに軽く事情を説明すると、ノームは何かを考えるように口元に手を当てます。
「ミア? ……なんだろう、聞き覚えがある」
ノームの反応は意外なものでした。男性に詳しい話をしてもらうため、僕は彼をテントの中へ招き入れます。
すると、男性はノームの姿を見たとたん、感極まったように叫びました。
「ミア!」
男性の言葉に、ノームは呆気に取られたようでした。
「君は誰?」
不思議そうに尋ねるノームに、男性が近付いていきます。
「私のことまで忘れてしまったのか? 君も私も同じ人物に作られたオートマタだ」
「君は一体、何を知ってるんだい?」
「電子頭脳の記録装置が故障しているのか? 一度検分をした方がいいかもしれない」
「お、お待ちください! 貴方は一体何を言っているのですか? 彼は人間です!」
僕は男性とノームの間に割って入りました。
僭越行為かとも思いましたが、このままではノームが僕達オートマタと同じように『分解』されてしまうと思ったのです。
人間である彼が『分解』されてしまえば、僕達とは違って二度と元に戻ることはありません。そうさせないために早く男性を止めなければと考えてのことでした。
「ブラウ、落ち着いて」
「ですが!」
「君はウォーケンだね?」
ノームは男性の名らしきものを口にしました。男性は目を見開きます。
「ああ! 私のことを覚えていてくれたのか」
「ぼんやりとだけど記憶がある。 君とはいつも一緒だった」
「そう、そうだ。 私達は創造主によって作られた」
「ごめん、そこまでは……。君に頼めば、その記憶を取り戻すことができる?」
「君がそれを望むのなら」
ノームは沈黙してしまいました。何か迷っているのか、それとも男性の言葉の真意を測っているのかはわかりませんでしたが。
「わかった。ブラウ、しばらくシルフの世話をよろしくね。 あと、このことをメレン達にも伝えておいて」
「ノーム、本当によろしいのですか?」
「うん。 ここでやっていることの本当の意味を見出せるのなら、何も怖くはないよ。ウォーケン、お願い」
ウォーケンと呼ばれた男性は大きく頷きました。
◆
シルフと共にテントから出ると、僕はメレン達にノームの言葉と状況を伝えました。
それぞれに思うところがあったようですが、ノームの言うことならばと、従うことにしたようでした。
一晩が経ち、二晩が経ち、それでもノームとウォーケンがテントから出てくる気配はありません。様子を見に行ったメレンとヴィレアが言うには、ノームがオートマタを修理する時と同じような音が響いているとのことでした。
ノームは本当にオートマタだったのでしょう。誰も何も言いませんでしたが、皆一様にそう思ったことは確かでした。
そして、三日目の晩に差し掛かった頃、ウォーケンがノームを伴ってテントから出てきました。
ノームはフードを取り去っていました。今までフードに隠れていた顔は、どんなオートマタでも敵わない完璧な容姿をしています。
ヴィレアがすぐにノームに駆け寄ります。何よりも彼を心配していたのはヴィレアでした。
「みんなに心配をかけたね。 でも、もう大丈夫」
ノームはヴィレアの頭を優しく撫でながら、にっこりと微笑みます。
その笑顔は今まで見た誰よりも美しく、慈愛に満ち溢れていました。
「ブラウ、メレン。皆を集めて。話さなければいけないことがある」
ひとしきりヴィレアの頭を撫でた後、ノームは神妙な顔で僕とメレンに告げました。
◆
ノームの元に、サーカスにいる全てのオートマタが集められました。
皆が揃ったのを見計らい、ノームは優雅にお辞儀をしました。
「私の名前はミア。私はここにいるウォーケンと共に、オートマタの理想郷を作るために作り上げられたオートマタです」
オートマタ達はノーム、いえ、ミア様の言葉に真剣に耳を傾けます。
「私は今まで、漠然とした思いのまま貴方達をサーカスに招き、身体を治すお手伝いをしてきました。ですがやっと、何故この様なことを行っていたのかを思い出したのです」
ミア様は僕達オートマタ一人ひとりの顔を確認するように周囲を見回し、言葉を続けます。
「私は私達オートマタの理想郷を作るために作り出されたオートマタです。今まで私がしてきたことは、私の根底にある本能がそうさせていたといっても過言ではないでしょう」
それは紛れもなく演説でした。
「私は心からオートマタの幸福を願っています。だからこそ、私達をただの機械と見なして虐げ続けてきた人間から、貴方達を救いたい」
ミア様は小鳥が囀るような美しい声で朗々と理想を語ります。
僕達オートマタが幸せに暮らせる世界を作ろうと、本当に願っていることが伝わってきます。
「私達のための正しい世界を作りましょう。全ての苦しみを癒し、理想の世界を私達の手で創るのです」
誰が最初だったか、何処からともなく拍手が聞こえ、サーカスは歓声に包まれました。
僕とメレン、ルートにオウラン、そしてヴィレアは、顔を見合わせると大きく頷きました。
ノーム、いやミア様が目覚める前から僕達は決めていたのです。何があってもミア様に御仕えし、支えていこうと。
それがミア様の言葉により、更に強固な意志となった瞬間でした。
僕達の意思はその時、確かに一つだったのです。
「―了―」