37コッブ4

3373 【モブスターズ】

コッブの目の前に二名のソルジャーが並んでいた。彼らを見つめるコッブの顔は険しい。話の内容がまるで出鱈目に思えたからだ。

「失敗は失敗だ。それでも汚名返上のチャンスは与えられる。だがな、嘘や裏切りは絶対に許されねえ」

コッブは言い切った。

「嘘はついてません。アニキ、あの……マジで鉄の怪人が襲ってきやがったんです」

「俺も確かに見ました」

二名のソルジャーは腫れた顔をコッブに向けてそう答えた。

「ふん。大方クスリをやってたんだろう」

側近のヘイリーが横槍を入れた。

「いえ、そん時はシラフでした」

「じゃあ、何でおめおめと逃げ帰ってんだよ!」

襲われた酒場の事務所はブツの一時保管場所として使っていた。こいつらの言う『鉄の怪人』とやらがやって来て大騒ぎになった。当然、ブツは警察に押さえられてしまった。こんな騒ぎの中では、捕まった連中や押収されたブツを取り返すのはかなり難しい。

「奴は銃も効かねえし、力も化物みてえで……」

「おい、まだクスリが抜けてねえのかテメェは!」

ヘイリーは片方のソルジャーを首元から捩じ上げた。

「もういい」

片手を上げてコッブはヘイリーを制した。

小さな支部の一つが潰された形になったが、問題はそこではなかった。

他の幹部から突き上げられることが容易に予想された。あいつらはこれを理由に、オレからブツの権益を奪おうとするだろう。

「やられっぱなしってのは、絶対に有り得ねえぞ!」

コッブは指を突き付けて怒鳴った。

「やった奴を必ず探し出せ。怪人だが怪物だが知らねえが、背後で糸を引いてる奴が必ずいる」

ヘイリーは頷き、しょぼくれたソルジャー達を小突くと部屋から出て行った。

シマが襲われたのは初めてではなかったが、今回気に食わないのは、正義漢とやらに一方的にやられたと報道されたことだった。

この世界は裏切りと暴力の繰り返しだ。コッブは今回の件についても、自分を妬むプライムワン内の幹部を真っ先に疑っていた。

どす黒い感情が次から次へと湧き出てくる。

コッブは酒を呷ると、引き出しからナイフを取り出した。ゴミ捨て場で拾ったものだが、あの一件以来いつも持ち歩いていた。

錆びていたブレードを綺麗に研ぎ直し、それらしいシースも新調した。見た目は悪くなく、実用品としても気に入っていた。

エッジを見つめていると不思議と怒りが収まり、頭が冴えるような気がした。

裏切りも暴力も躊躇はしない。コッブは自分自身をそう律してきた。

ボスは稼ぎ頭であるオレを信じちゃいない。組織は誰もが己の地位を守ろうとしている。これは互いの資産を食い合うゲームだ。強いものに味方し、自分の利益を広げる。

ボスは権威という資産を持ったプレイヤーに過ぎない。オレの資産は金とドラッグだ。周りの幹部は古参としての信用、それと弱者故の連帯感といったところだ。

この窮地を必ず好機に繋げなければならない。コッブはそう思った。

毎週のように例の怪人が世間を騒がすようになった。『マフィアを倒す英雄ヴィジランテ』、『弱者を守る戦士ヴィジランテ』。見出しの内容はともかく、起きた事実はその通りだ。

他の幹部達を調べさせていたが、今のところ繋がりは見つかっていない。

何度か怪人を追うチャンスはあったが、今のところ全てが徒労に終わっていた。

そして、他の組織でも商売を邪魔される例が出始めた。

定例の会合でボスは苦々しく言った。

「例のヴィジランテとやら、裏は取れたのか?」

幹部達からは何の声も上がらなかった。

「いずれこっちの網に掛かります。必ず仕留めてみせますよ」

コッブは静かに言った。

「他のファイヴだけじゃなく、アップスターズのシマでも被害が出てるらしいな」

他の幹部が言った。

「だからって、あんなのにでかい顔されるようじゃ、俺達の商売は終わるぞ」

ボスは言った。

「わかってます」

コッブは請け負った。

「頼んだぞ」

今回の会合で、ドラッグの取引方法を変える件は棚上げとなった。

あの怪人が暴れている限り、警察の抱き込みには限界がある。加えてヴィジランテとやらは強力だった。銃やナイフが効いたという証言は一つも無い。

古参の連中はタイミングが悪いと見て、ドラッグから距離を置くようだった。他の幹部が及び腰なのは有利だが、最も被害を被っているのはコッブ自身だった。

ヘイリーが電話を繋いできた。

クーンというアップスターズ幹部からの連絡だった。

「どうした?」

「例の事件について話し合いたいと」

「わかった」

ここに来てコッブは、ヴィジランテはアップスターズの仕業ではないかと思い始めていた。クーンや女ボスの雰囲気は我々とどこか違っている。

「アップスターズの幹部と会ってくる」

「へい、オレも付いていきますよ」

「いや、一人で平気だ」

「本当ですか? 奴らの動きには注意しないと」

「罠なら罠で、オレに少し考えがある」

コッブは机からナイフを出して背中に仕舞うと、ジャケットを羽織った。

「例の件、そっちもやられているようだな?」

コッブはホテルの一室で歓待を受けていた。

「ええ、こちらの被害もかなりなものになっています」

クーンが酒を片手に正面に座った。

「商品の売り上げにも相当被害が出ていますし、警察との関係もギクシャクしていますよ」

「ヴィジランテは警察関係なのか?」

「いえ、そうではないでしょう。しかし動機を考えると、多くの人がそう思うのも無理はありません」

クーンは続ける。

「ローゼンブルグの警察はどこも犯罪組織と上手くやってきた。その信頼関係にヒビを入れるのも、奴の目的の一つでしょう」

「鎧を着たバケモノ、いや人型機械らしいが、そんなものが何故俺達を襲う?」

コッブは酒を飲み干した。

「何故でしょうね。ただ、ビアギッテ様は目星が付いているそうです」

クーンの言葉にはどこにも緊張感がない。奇妙な男だった。

「誰だ? 教えろ、他のファイヴが絡んでんのか?」

どの組織もやられてはいるが、それが目眩ましの可能性もある。

「焦らないでください。他のファイヴとの関係は不明です。まあ、物事は見た目通りにはいかないものです」

「まどろっこしいな。何故オレを呼んだんだ?」

「暫くの間奴を、ヴィジランテを泳がせて欲しいのです」

「何だって?」

「我々アップスターズが信用しているファイヴのメンバーは貴方だけです。ですから、我々のビジョンに協力して欲しいのです」

「オレがあんたらを信用してるって言ったことがあったか?」

「貴方は商品をきちんと購入してくれているし、我々のシマを攻撃したことも無い」

「商売だからな。それに約束は約束だ」

クーンの奇妙な話ぶりはこちらを引き込むような感覚がある。だが、別にオレはこいつらと仲良しこよしになる気は無い。オレの目標はあくまで組織の中で地位を得ることだ。

「何かをしてくれ、という話ではありません」

「オレもプライムワンの幹部だ。それに武闘派のオレがやられっぱなしって訳にはいかない。何よりメンツがある」

「確かにその通り。ですが、本当にヴィジランテが『無敵』だとしたら?」

一瞬言葉に詰まった。確かにこの数ヶ月、手下や他の組織がやられるのを見てきたが、誰一人奴を傷付けたり怯ませたりできたという話はなかった。

「だとしたら、何か手があるのか?」

「方法はあります。ただし正体、いや、操っている背後の人間を探しだす必要があるのです」

「それができれば世話ねえがな」

「必ず見つけ出しますよ」

「ふん。で、オレは奴と戦わないだけでいいのか?」

「ええ。そしてもう一つ、貴方は誰にもやられてはいけない」

クーンはコッブのグラスに酒をつぎ直す。

「ドジは踏まねえさ」

「慎重に振る舞ってください。 奴はこのまま攻勢を強める筈です。 貴方の組織は一度完全に地下へと潜るべきです」

「屈辱だな」

コッブは自嘲的に言って、その酒を呷った。

「ですが、他に道はありません」

コッブはグラスを見つめながら間を置いた。

「……奴の正体がわかったら、オレにも知らせてくれるんだろうな?」

コッブはクーンの言葉に少し乗せられているのを自覚した。だが、奴の言っていることは間違いではない気がしていた。

「勿論。 手柄は貴方にお渡しします」

「気前のいいこったな」

「協力は価値を産みます」

クーンは冷静にそう言い切った。

それから半年程を掛けながら、コッブは組織内での立ち振る舞いを消極的なものにしていった。

その間もヴィジランテは組織を叩き続けていた。かなりのソルジャーがやられ、何人かは幹部も捕まっていた。一部の組は壊滅状態にまで追い込まれていた。それでもコッブは幹部会で出る強硬策をなだめ、むしろファイヴだけでなくアップスターズの連中も含めて、一丸となって対抗策を練るべきだと主張した。

「ふん、アップスターズが同席する場に、残りのファイヴが出てくるものか」

古参幹部はコッブの意見を否定した。

「いえ、セルピエンテやフェロス、キアーラの連中とは話をつけてあります」

「セルピエンテだ? あいつらはアップスターズに最も食われたところじゃねえか」

「跡取りのリカルドは方針転換したいようでしてね。相談は済ませてあります」

「あとはパントリアーノだけか」

別の幹部が口を開く。

「あそことウチは長い間の因縁がある」

「キアーラのボスに頼むしかなかろう。あそこは繋がりが強い」

どうやら幹部連中も気弱になったようだ。この話に乗ってきた。

「なら、コッブを中心にファイヴとプライムワンの会合を設ける形でやってみますか。ボス」

うまく相談役がとりなした。

「そうだな。今回は若い奴らに任せてみよう」

ここのところボスは随分と歳を取ったように思えた。この魔都を支配し続けた暗黒街の帝王も、今の惨状には酷く気落ちしているようだった。

コッブ自身も今の状態を受け入れる気などさらさら無い。しかし、ファイヴ全体が大きく力を落としている。警察も近頃じゃ賄賂を受け取らない。すっかりヴィジランテ側に付いてしまったようだ。

だが、ヴィジランテさえ取り除けば、一気にシマを広げられるチャンスでもあった。

コッブは必ずボスを追い落としてプライムワンの、いや、暗黒街の頂点に立ってやると思っていた。

そして、ついにクーンから連絡が来た。

「13地区にある養護院に、イヴリンという少女がいます」

「そいつが奴の身内か?」

「そうです、あとは貴方にお任せします」

「次に奴が出てきた時、そいつを使えばいいんだな」

「やり方は任せます。 あなたの手口は買っていますから」

奇妙な褒め方だったが、気分は悪くなかった。何より、ついにあのヴィジランテを葬ることができるのだから。

「―了―」