63アリアーヌ1

2837 【集会】

アリアーヌの目の前には、地獄が広がっていた。

警報を受けて駆けつけた人間の警備員は、この屋敷で働く複数のオートマタに殺されてしまった。

オートマタ達は人間を殺した後、生き残りの人間がいないか屋敷を詮索している。

妹を助けなければ。そんな地獄の中で、アリアーヌは妹のポレットを探していた。

「シーニー! どうしちゃったの、ねえ!」

廊下を曲がった先から、叫ぶような声が聞こえる。

アリアーヌが駆け付けた時、使用人姿のオートマタがポレットの首を絞めているのが見えた。

「あ、ぐ……」

ポレットが呻き声を上げている。

飛びつくように駆けたアリアーヌだったが、あと一歩、その体はシーニーに届かない。

ポレットの体から力が抜けていく。

「ポレット!!」

アリアーヌの悲痛な叫びが屋敷に響いた。

ローゼンブルグの中央にある大規模な都市公園で、老若男女がプラカードを手に大声で必死に叫んでいた。

「裁きの時は来た! ついに我々の世界は滅ぶ!」

「自ら作り出した機械によって、怠惰の罪がいま下るのだ!」

「罰を受け入れよ! さもなくば抵抗せよ!」

プラカードには「怠惰な人類よ、改めよ!」や、「機械に人生を委ねるな!」といった過激な言葉が書き連ねられていた。

道行く人達はこの集団の行動に注目していた。彼らの配布物を受け取る者や、署名活動に賛同する者も少なくなかった。

第十二階層スバース地区で起きたオートマタの暴動。それを皮切りに、各階層でオートマタ達は意思を持ったかのように暴走、暴動を繰り返すようになっていた。そんな世情に呼応するように台頭し始めたのが、『アンチ・オートマタ信奉者』と呼ばれる者達だ。

オートマタが便利な機械奴隷だった頃は、どちらかと言えば社会の厄介者扱いされていた彼らだったが、オートマタの暴動が起きるようになってからは少しずつその数を増していた。

その要因となっているのが、オートマタの暴動により家族や友人といった身近な人を失った者達だった。

オートマタにより大切な人を失った彼らは『アンチ・オートマタ信奉者』が掲げるものに共感し、オートマタを排除しようとする行動を起こしたのである。

「私の妹はオートマタに殺されました。これ以上の犠牲者を増やさないために、我々はオートマタの撤廃を訴えます!」

デモ集会の様子を見やる人々に署名を促すアリアーヌも、その一人だった。

第九階層の裕福な家庭に生まれたアリアーヌは、父と妹のポレットと三人で、大きな屋敷に暮らしていた。

母親はポレットが幼い頃に病気で世を去っていた。それでも、父親は母親の分も愛情を込めてアリアーヌとポレットを大事に育てていた。

だが、男手一つではどうにもならないこともある。そう考えた父親によって『第51世代ブラウタイプ』という高性能な使用人型オートマタが、姉妹の世話係として与えられていた。

シーニーという名前のこの使用人型オートマタは、子供の世話をすることに特化したオートマタであった。アリアーヌとポレットは、このオートマタを家族同様に慕っていた。

だが、数ヶ月前に起きたオートマタ暴動の最中にシーニーは暴走。妹のポレットはシーニーに殺され、シーニーも警察隊によって破壊された。

思い出の詰まった屋敷も取り壊され、今は小さな別宅を住居として使用している。

アリアーヌはたった一人の妹を殺したオートマタを憎んだ。その憎しみを向ける場所を探し、辿り着いたのが、この『アンチ・オートマタ集会』であった。

これ以上妹のような犠牲者を出したくないという思いから、アリアーヌはオートマタの撤廃を訴える集会にのめり込んでいった。

「ただいま戻りました」

夜、小さな邸宅に帰宅したアリアーヌが扉を開けて声を掛けるが、邸宅は静まり返っている。

返事がないことに一つ溜息を吐くと、アリアーヌは明かりが灯っている食堂を目指した。

「お父様、戻りました」

父親がいるであろう食堂の扉をノックし、声を掛けてから開ける。

「……お父様、またですか」

酒瓶が散乱するテーブルに突っ伏し、鼾を掻きながら寝ている男性。

アリアーヌの父親だ。

ポレットの死後、アリアーヌの父親は酒に逃げるようになっていた。

優しくも厳しい父。姉妹を育てるため、自身の責務を全うしようと努力する父。オートマタの手を借りながらとはいえ、奔放な姉妹を育てていた父。

アリアーヌが尊敬し、憧れて止まなかった偉大な父の姿はそこには無い。そこにあるのは、酒に逃げ、酒に溺れて心を壊されてしまった人だ。

早くに妻を亡くし、必死の思いで忘れ形見の姉妹を育てていた彼にとって、ポレットが殺されてしまったことはどれほど悲壮なことだっただろう。

妹を殺し、そして父親までも精神的に殺そうとしているオートマタ。アリアーヌの憎しみは募るばかりであった。

「お父様、そんなところで寝ていると風邪を引いてしまいます」

「あ、あぁ? おか、えり……セリーヌ。こども、たちは……?」

セリーヌとは母の名だ。

またか。アリアーヌは今日何度目かわからない溜息を吐いた。泥酔した時の父親は、こうして家族全員が一緒に生活していた頃によく意識を飛ばしてしまう。

そしてアリアーヌを妻と間違え、言葉を交わそうとするのだ。

「もうみんなベッドに入りましたよ。さ、あなたも寝ましょう? それとも、朝になって子供達にそんなみっともない姿を見せるおつもりですか?」

アリアーヌはそんな父親の前で母を演じる。泥酔している時まで現実を見据えさせる必要はないだろうと思っていた。

「それは……よくない、な……」

「さあ、寝室に行きましょう」

父親は緩慢な動きで立ち上がる。アリアーヌはその背中を支えて、寝室へ父親を誘導した。

父親を寝かしつけ、食堂に戻って酒瓶を片付ける。

こんな生活がいつまで続くのだろう。そんなやるせない思いに囚われながら、アリアーヌは簡素に食事を済ませた。

アリアーヌの家は裕福ではあったが、住み込みで働くような使用人はいない。オートマタの存在が、他者の家庭を世話するといった職業を淘汰していたからだ。

だからと言って、オートマタに家族を殺された家庭が再びオートマタに頼ることなどできる筈もない。そのため、家事全般は全てを自らの手でこなす必要があった。

慣れない家事が終わる頃には、就寝しなければいけない時間を過ぎていた。

明日もデモ集会が行われる。早く就寝しておかなければ。

だが、アリアーヌの心は今だやるせない思いに満ち溢れており、就寝には時間が掛かりそうだった。

翌朝、アリアーヌが食堂へ向かうと、ちょうど父親が出掛けるところであった。

「おはようございます、お父様」

「ああ。おはよう、アリアーヌ。行ってくるよ」

昨夜の深酒のせいか、父親の表情に精彩がない。どこか体の調子が悪いのかもしれない。

「お父様、顔色が悪いわ、お休みになったほうが……」

「大丈夫だ。それに、オートマタを廃止した分の人員がまだ入ってなくて、人手が足りないんだよ」

父親は表情を引き締める。その態度に、アリアーヌは心配ながらも父親の行動を引き止めることができなかった。

父親が働かなければ会社は立ち行かない。それくらいはアリアーヌも理解していた。

「無理はしないでね、お父様」

「わかってるよ」

心配する人間がまだいるのだと父親の心に刻むように、アリアーヌは言葉を発した。

「アリアーヌお嬢様!」

デモ集会の最中、一人の男性がアリアーヌの名を叫んだ。

集会の最中ではあったが、その必死の呼び掛けに集会の参加者がアリアーヌの元へその人物を連れてきた。

「お嬢様! 至急病院へ!」

父親の会社に勤める若い社員であった。

その社員が、血相を変えた状態でアリアーヌの腕を引っ張ろうとする。

「ど、どうかしましたか?」

「社長が倒れられました!」

「なんですって!?」

アリアーヌは頭からすっと血の気が引いて寒くなっていく感覚に囚われた。

今朝、なんとしても休ませるべきだったと、後悔の念がアリアーヌを襲う。

「早く車に!」

「わ、わかりました!」

デモの最中であるということは完全に頭から消えていた。周囲のことなど構わずに、社員と共に青ざめた表情で車へ乗り込む。

車はすぐに中央病院へ向かう道のりを走り出した。

そのことは、父親の状況が予断を許さぬものであろうということを、アリアーヌに強く意識させたのだった。

「―了―」