33リュカ4

3399 【未来】

ルビオナ連合国女王アレキサンドリアナがメルツバウ国大公リュカに軍の統帥権を譲渡したと大々的に報じられたのは、年が明けてすぐのことだった。

統帥権譲渡の式典後、リュカはメルツバウの国政を一時的に家臣団に任せ、自身はルビオナの首都アバロンに残って連合国全体の軍事力を統括すべく砕身していた。

正式な軍事統帥者となった後にいくつかの戦線を補強しようとしたが、以前から連合国の中心にいたルビオナ出身の政治家や貴族達からの反感は凄まじく、リュカの意見に反発する者も多かった。

そこで、リュカは一計を画した。

「プロヴィデンスを解放するための大規模作戦を展開する。プロヴィデンスを死者の軍勢から取り戻し、グランデレニア帝國に我々連合国が一つの強大な国家であることを知らしめるのだ」

軍事統帥者となってから何度目かの軍事会議で、リュカは力強く宣言した。

大規模作戦を提示したのは、連合国の政治を独占せんとするルビオナの貴族達に対し、作戦を成功させることでリュカの軍事的采配の強大さを認めさせるためであった。

そうして、プロヴィデンス解放作戦は開始された。

連合国の各所から精鋭が集められ、第一陣として送り込まれた。

死者の軍勢に対抗してプロヴィデンスを解放するためには、それだけの戦力が必要であるとリュカは考えていた。

そして、第二陣としてルビオナ最強と名高いオーロール隊と自身が前線に赴いた。

この決定は、そうすることでルビオナ連合国が連合国として一つに纏まっていることをグランデレニアに誇示する思惑もあった。

第一陣から浮遊戦艦ガレオンが死者の軍勢の発生源であるとの情報を受け、ガレオンがある場所に近い城壁からの突入を開始する。

しかし、リュカを待ち受けていたのは凄惨たる光景であった。

第二陣が辿り着いた時、第一陣の半分以上が死者の軍勢と化していた。

その中には聖獣と意志を交わせる少女パルモの姿もあったと、フォンデラート出身の女性兵から聞かされた。

翌日にはオーロール隊を伴ったガレオン突入作戦が展開された。

戻らなかった聖獣とスプラートという少年。アスラが死者の軍勢に魅入られ、連合国兵を襲ったという事実。

目まぐるしく移り変わる戦況をどうにかして収めるべく、リュカは奔走した。

そして、タイレルというエンジニアの協力の下、死者の軍勢を生み出す元凶であるガレオンの爆破作戦を計画した。

エイダを隊長とした爆破部隊に全てを任せ、リュカ達は爆発の余波を避けるためプロヴィデンスの外にある兵站へと下がっていた。

暫くして、閃光と共に耳を劈くような爆音がプロヴィデンスから響いてきた。

「おぉ……!」

「これで、死者共はもう……」

確定したと思われる勝利に、兵士達は沸き上がる。

「これで死者の軍勢の勢いを止めることはできたのだな?」

リュカはガレオンの方角を見つめるタイレルに問う。

「おそらくは。但し、結節点が破壊されたことを確認するためには、現地へ向かわなければなりませんが」

「そうか……」

爆破部隊は帰還予定時刻を過ぎても戻ってこなかった。だが、元より命を賭しての作戦であることは誰もが理解していた。

いずれにせよ、ガレオンの爆破は完了している。次はプロヴィデンスに未だ蠢く死者の軍勢の動向を調査せねばならない。

プロヴィデンス解放作戦に参加している部隊長達を招集し、リュカは今後の作戦を練った。

「では、負傷兵と後方支援部隊はこの兵站に残留。A分隊とB分隊はガレオンの調査へ。C分隊、D分隊は東西に分かれてプロヴィデンスの内部調査をせよ」

「はっ」

正午、号令と共にプロヴィデンス内部への再突入が開始された。

リュカは後方に残らず、A分隊、B分隊と共にガレオンの調査に同行することを決めていた。

「大公、危険すぎます! どうかご再考を」

「事態は刻一刻と変化する。今は現場での早急な判断が至要だ」

「……承知しました。フフタラ軍曹、アッシャー上等兵、リュカ大公の護衛任務を命ずる」

部隊長により二人の軍人が呼び出された。フフタラは中年の、アッシャーは壮年の、リュカから見ればまだまだ若い兵士であった。

「彼らは従軍する前にプロヴィデンスに居住していた経験があります。万が一の際には最も頼れる兵士です。フフタラ軍曹、アッシャー上等兵。リュカ大公を何があってもお守りするように」

「はっ。大役に選ばれたこと、光栄に思います」

「大公の御身は、我々が必ずや守り通します」

爆心地であるガレオンの残骸が見えた。

タイレルが兵士達に見張られながら、球状の物体を取り出す。デバイスを操作すると、それに連動するようにして球状の物体は宙に浮かびあがり、ガレオンの方向へと飛んでいく。

「結節点は消失しています。おそらくベリンダも」

「では、これ以上死者の軍勢は生み出されないという見解でよろしいか?」

「……アスラという男が何かしていなければ、ですが」

タイレルの言葉にリュカは眉を顰めた。

死者の軍勢の阻止がほぼ確定した今、気掛かりなのはアスラのことだ。何故アスラが死者の力を欲したのか。古よりの盟約を破棄してまでアスラが何を求めたのか、判然としないままでいた。

だが、タイレルの言う結節点なるものが消失した以上、今後起こり得る緊迫事態とは、アスラの急襲のみであろう。

「A分隊はそのままアスラの捜索、B分隊はタイレルと共に引き続きガレオンの調査をせよ」

リュカはガレオンの調査をB分隊とタイレルに任せ、自らは後方の兵站へと戻ることにした。

その時だった。

低い唸り声と共に、部隊を囲むようにして死者の軍勢が現れた。

「そんな!?」

「殲滅し損ねたにしても、数が多すぎるぞ!」

「待て、あれは後方支援部隊の装備だ!!」

誰かの叫び声の通りであった。新たな死者の軍勢はプロヴィデンスの外で待機している筈の後方支援部隊の装備を纏っている。

「おい、貴様! どういうことだ!」

「結節点は消失しています。このようなことが……」

「尋問も調査も後にせよ! 撤退だ!」

リュカの声が響き、速やかに各部隊に指令が伝えられる。リュカもフフタラとアッシャーに守られながら撤退を開始する。

だが、事態は最悪と言ってよかった。

「突破しろ!」

死者の軍勢は勢いを増していた。兵士達は次々と死者の軍勢に飲まれ、それらと同じものと化していった。

撤退の途中、前方で蹴散らされる死者の軍勢が目に入った。そこでは聖獣が死者の軍勢を相手取り、一歩も引かぬ戦いをしていた。

「聖獣殿をお救いせよ!」

咄嗟の判断だった。聖獣を救い、コルガーへの帰還を条件に同行していただければ、自分達が助かる可能性は上がると判断してのことだった。

スプラートという少年の姿は無かった。アスラに襲われた際に何かあったのだろうが、聖獣と意志疎通が不可能である今は、質すことさえ適わない。

聖獣はリュカの言葉を理解したようで、リュカ達と共に行動すべく後を付いてきた。

フフタラ、リュカ、聖獣、アッシャーの順で狭い路地裏を駆ける。

タイレルや他の兵はどうなったのか、どうにかして生き残っているのか。その様なことも気にしている余裕は無かった。

「大公、この近くに大型の食品量販店があります。倉庫で食料と水の確保ができる筈です」

「む、そうだな……」

長期戦になることは目に見えていた。フフタラの意見を採用し、三人と一匹は量販店へと向かう。

フフタラの先導で大型量販店へと入り、倉庫を目指す。地下に目当ての場所はあった。

アッシャーと聖獣を見張りに立たせ、フフタラと共に地下室へ入る。そこには長期保存可能な酒や乾物などの食料が残されていた。

「大公、フフタラ軍曹! 死者共がやって来ます!」

食糧確保に安堵したのも束の間だった。アッシャーが血相を変えて死者の軍勢の到来を告げる。

フフタラが倉庫を出ると、次いで出ようとしたリュカを中へと押しやる。アッシャーも聖獣を促すようにして倉庫へと誘導した。

「大公、ここから動いてはいけません!」

「なに、を……!?」

フフタラとアッシャーはリュカと聖獣を倉庫に残したまま、鉄の扉を閉めようとする。

「待て! 何をする気だ!」

「死者の軍勢はあまり賢くありません。私達が囮になり、死者共をここから引き離します」

「そのようなことは許さん。ここでワシの護衛を継続せよ、これは命令である!」

リュカは咄嗟に厳しい口調で命令する。自分を守るために若い者が命懸けの行動に出るのを良しとできるほど、傲慢ではなかった。

「命令違反をどうかお許し下さい。ここで大公が殺されてしまえば、連合国の未来は潰えてしまいます。どうかご理解をお願いします」

「大公、生き延びてルビオナ……いえ、連合国を守ってください」

「聖獣様、リュカ大公を、我々の未来を頼みます」

フフタラとアッシャーは口々に言うと、リュカと聖獣を倉庫に押し込め、頑丈な鉄の扉を閉めてしまった。

内側から開けようと扉に近付くと、聖獣がリュカを睨みつける。聖獣はフフタラ達の願いを全うする腹積もりであることが伺えた。

それからどれ程の時間が過ぎたのか、リュカは曖昧な時を過ごしていた。

場所が場所だけに食料や水に困ることはなかったものの、外の様子は倉庫の天井に近い場所にある窓から聞こえてくる音でしか判断できなかった。

リュカはフフタラとアッシャーの願いを無下にはできなかった。何としても生き延びて戦争を終わらせ、国を救わねばならない。

それだけを胸に、今は耐えることを選んだのだった。

「―了―」