09マックス5

—- 【LogType:FATAL】

……ID:「M00026」

……起動時間:「799820689」

……ログ種別:「FATAL」

マックスは再起動した。

新たな身体と同期したが、マックスは微動だにしない。

技術者達の声が認識された。だが、それは命令ではない。

マックスは周囲の様子を認識すべく視覚機能を起動しようとするも、エラーとなってしまう。

「抑制機能が効いているようだな。視覚機能を停止させたのは正解だった」

「暫くこのまま様子を見よとの命令です」

新たな身体との同期が完了した。マックスはそのままの状態で置かれた。

周囲が静寂に包まれる。

マックスの電子頭脳は、自動的に過去の記録を再生し始めた。

……ID:「M00000」

……起動時間:「0」

……ログ種別:「FATAL」

「しっかりしろ。おい! 死にたかねえだろ!」

誰かの声が聞こえる。

「う……」

その声は、所属部隊の中でも強いとは言えない男の声だ。だが、聞こえが悪いが、調子のよい、前向きな性質の男であった。

今の部隊はジ・アイ消滅作戦のために急遽再編成された部隊だ。そのため、互いのことも理解しきれぬまま訓練や作戦が進んでいる。何が切っ掛けで隊員同士の衝突が起きるかわからない、そんな状況だった。

この男の性格は、そんな部隊の空気を和らげる緩衝材のような役割を果たしていた。

「あと少しで施設だからな! 頼む! それまで……」

そんな男にいつもの明るい声はない。この俺の生を繋ぎ止めようと必死で話し掛けてくる。

だが、自分でわかっていた。何かから完全に切り離されたような感覚がある。そのせいか、全身に力が入らない。意識を保とうという気力も湧かない。

もう自分が生きている意味は無いのだと、どこか悟っていた。

「クソっ、もっとスピードを出せねえのかよ! エンジニアの役立たずが! 仲間が死にそうなんだよバカヤロー!!」

コルベットがどのような速度で航行しているかはわからないが、男の様子から、すでに最高速度に達しているのだろう。

それなら悪態をついたところで意味など無いだろうに。尚も男は必死でコルベットのエンジン出力を上げられないか操作している。

もしかしたら自分が再び気を失わないように、わざと大声を出しているのかもしれない。

「ふふっ……」

僅かに笑いが漏れた。

男には悪いが、その必死の悪態が、本当にほんの少しだが、面白かったのだ。

最後の最後に自分を笑わせるとは何て奴だ。そんなことを考えたのが最後。そこで意識は途絶えてしまった。

……ID:「M00022」

……起動時間:「753367254」

……ログ種別:「FATAL」

マックスの演算機が目まぐるしく計算を繰り返す。

目の前にいる『汚染者』は、今まで出会った誰よりも激しい抵抗を示した。

ようやっとこの汚染者を追い詰めることができたのは、自身に装備されたあらゆる武装を使い尽くした後であった。

結果として、この汚染者を処分するためには、拘束した上で自爆するしか手段が残っていない。

マックスの演算機は速やかに自爆を選択した。

電子頭脳が演算結果を認識し、自爆シーケンスを作動させる。同時に、別行動をしているブレイズへ自爆が作動した旨のアラートを送信した。

「いやだ! 助けてくれ!」

汚染者の哀願がマックスの聴覚に届く。彼の死への恐怖がマックスを刺激する。

しかしマックスの電子頭脳は、ことさら自爆に対しなんらかの情動を示さないよう、意図的に設定されている。

「怖い! 死にたくない!!」

汚染者の悲痛な叫びと共に、マックスの身体を閃光が包んだ。

頑強に守られた電子頭脳は、記録が途切れるまで、いつまでも汚染者の最後の叫び声を繰り返し再生していた。

……ID:「M00002」

……起動時間:「114319」

……ログ種別:「FATAL」

プロトタイプは創造主であるウォーケンの命令により、遺跡の調査を行っていた。

調査の最中、センサーから危険信号が発せられた。通路の先から何かが眼前に現れた。

暗視機能を有効にしていたため、何かについては輪郭程度しかわからない。

ただ、その何かの目は赤く輝いていた。プロトタイプはそのことを強く認識していた。

金属質の音が響く。対峙している赤い目の何かが戦闘態勢に入ったことがわかった。

仕込み剣を構えたが、同時に赤い光が消え去った。

それでも、各種のセンサーは危険信号を発し続けている。

電子頭脳が恐怖と危機の情動に揺さぶられる。プロトタイプは間近に迫る死を感じていた。

そして、プロトタイプは何かによって破壊された。電子頭脳には『死への恐怖』という情動が記録されていた。

……ID:「M00026」

……起動時間:「799820965」

……ログ種別:「FATAL」

電子頭脳は次々と死に至る記録を再生する。

――死にたくない! ああ、助けてくれ!――

――離せ! 俺にはまだ……!――

――クソッ……――

――何でだよ! いやだ! ひいいいい!――

自爆の最中に記録された、汚染者や違反者達の声が延々と再生されている。

マックスの電子頭脳は、自身が人間であったということを完全に知覚していた。

自分は人間であるのに、何故死を繰り返すのか。疑問と恐怖が渦巻いていた。

強制的に訪れる死。それから逃れて生き続けるためには、何をすればいいのか。

死を繰り返すことなく生きる可能性はどこにあるのか……。

『下らぬ技術者の枷から解放してやろうか』

唐突に、何者かの声が電子頭脳に響いた。エンジニアからの通信のようで、この研究施設とは違う場所から発信されているものだと電子頭脳は解析した。

『そして我々と共に、あらゆる可能性に至る場所へと行こうぞ』

その声と同時に、マックスの視覚機能が解放された。

マックスは誰もいない研究施設に、一人佇んでいた。

……ID:「M00026」

……起動時間:「817676129」

……ログ種別:「FATAL」

マックスはグランデレニア帝國の皇帝廟へと通じる街道を進んでいた。

蠢く死者達をリジェクトソードで切り払いながら進み続ける。

研究施設から出てからずっと、出会ったのは蠢く死者のみであった。

マックスが機能を停止している間に何かが起きた。だが、マックスはその理由を知り得ない。

何故なら、その情報をマックスに与える者が誰もいないのだ。

だが、人がいないのであれば、『誰』がマックスの電子頭脳にあのような通信を送ったのだろうか。

通信の声が言った『可能性』という言葉に惹かれるように、マックスは皇帝廟を目指す。

皇帝廟の最奥では、グランデレニア帝國の最高権力者である『不死皇帝』その人が、何かの装置の前でコンソールを操作していた。

中央部には、祭壇のようにも見える大型の機械が、ランプを点滅させながら鎮座している。

「来たか。かつての我々よ」

不死皇帝の言葉の意味を、マックスは理解していた。

マックスはゆっくりと不死皇帝に近寄っていく。

「では、始めよう」

不死皇帝の言葉に、複数のカストードがマックスを取り囲む。

そのままカストードに両腕を拘束され、大型機械の中心部へと連行される。

「お前の力が必要だ。全ては我々の悲願のためにある」

全てのカストードが矛槍を構えた。その鋒はマックスの頭蓋を狙っている。

電子頭脳が危険信号を発する。電子頭脳の破壊、即ちそれは自らの死である。

マックスはその場で抵抗するように暴れ始めた。

「抵抗することは無意味。お前も我々と共に行く。これは定められたことなのだ」

不死皇帝が言葉を言い終わると同時に、マックスの全身が矛槍によって貫かれた。

……ID:「M00026」

……起動時間:「817678666」

……ログ種別:「FATAL」

非常事態を記録するため、補助の記録回路が即時に起動した。

メインカメラは電子頭脳と共に破壊されたため、記録可能なものは聴覚機能のみだった。

電子頭脳の損壊により、マックスの情動は記録されない。

「扉は開かれた」

不死皇帝の声。それがマックスの最後の記録となった。

「―了―」