70ラウル1

3373 【革命家】

日が暮れる。

ラウルは手元が見えにくくなるのにも構わず、他の作業員と共に路上修復作業を続けていた。

この日はラウルを含めて三人が作業をしているが、どう見ても作業量と作業員の数が見合っていない。にもかかわらず、夜間照明を使った工事は組織側から禁止されていた。

組織長が言うには、市政がこういった事業に回す予算を減らしており、様々なところで経費削減を行わなければならないとのことだった。

「ったく、こんなの終わるわけがねぇての」

「大体だな、三人で今日中にどうにかしろって方がおかしいぜ」

「ほんとにな。役所も馬鹿だと思うけど、ホイホイ従うウチの組織ってのもどうなんだよ?」

二人の作業員がぼやく傍ら、ラウルは黙々と作業を行っていた。

何とかその日の工程を終わらせ、ラウル達は帰り道にいつも立ち寄る酒場へ足を向けた。

貧しい暮らしを安酒で慰めるのは、いつものことだった。

店に入ると、ホールの一角を普段は見かけない男達が占拠している。荒野に住むストームライダーと思しき格好をしており、作業服の男が大半を占めるこの酒場ではひどく目立っていた。

ラウルは一瞬だけ戸惑ったものの、仕事仲間達に促されて席に着いた。

程なくして、よく見知ったウェイトレスがラウル達の席に注文を取りにやって来た。

「注文は? いつも通り? それとも違うのにする?」

ハキハキと喋る明快なこの女性は、この店を切り盛りする一家の娘だ。ラウルとは幼い時分から付き合いがあった。

一通り注文をしてから、ラウルはストームライダーと思しき一団のことを尋ねる。

「レティ、あの人達は? ここらの住民じゃないよな?」

「ウチにも何が何だか……。伯母さんが連れてきたんで、適当にってわけにもいかないし」

「伯母さん?」

「うん。あ、そうだ、アンタには話したことなかったね。お父ちゃんのお姉さんなんだけど、ストームライダーのとこに嫁いでるんだ」

「なるほど。で、その伯母さんが旦那達と帰郷したってわけか」

「うーん、そういうこと、になるのかなぁ?」

レティはどことなく歯切れの悪い物言いをする。彼女も突然帰郷してきた伯母に驚いているのだろう。

「レティ! 注文!」

「はぁーい! ごめん、また後でね」

別卓からの声に、レティは慌しく駆けて行った。

愚痴を肴に安酒を飲む。ある種の現実逃避だが、自分達にはこれくらいしか日々の鬱屈を晴らせるものがない。

娯楽施設も市政資金の貧しさを理由に数を減らしており、残った施設も高価格に設定されていて、一部の金持ちしか遊べない。

「やっぱ今度のデモに参加しようかな、俺。ラウルは参加するんだよな?」

「ああ。やれることはやろうと思ってな」

ラウルは頷いた。明後日の朝、増税などに反対するデモが開催される予定となっていた。

ラウルの住む都市は、有数の大型障壁を持つインペローダ王国に属している。

インペローダ王国は障壁を生産する工業都市を祖としている。そのため、現在では生産不可能となった薄暮の時代の遺産として、高性能な小型障壁を多数所持していた。

その障壁の恩恵にあずかろうとした中規模都市を吸収していくことで、国家を形成したと伝えられている。

しかし時代が進むにつれ、インペローダを治める王族は腐敗しきっていた。

障壁が生み出す利益を国のために使うことなく、王族の都合のいいように動く役人や貴族達と独占している。

市民に課せられる税は増える一方、反比例するかのように市民に回る金は減る。市民の鬱憤は溜まる一方であった。

「デモなんかやったところで役人連中には届かないんだし。無駄だと思うけどなあ」

「だが、このままというわけにもいかないだろう?」

「かといって、ハイデンの連中みたいにゃなりたくねえぞ」

市民の鬱屈は、三年ほど前にハイデン州で爆発した。州は王政からの命令に従って反乱を行った市民を『暴動鎮圧のためにやむなく殺害』し、多くの犠牲者を出していた。

「いつか市政府もわかってくれるという時期はとうに過ぎた。行動はできる時にしたいんだ」

このまま辛い生活を送るのには限界があった。ラウルは身体が動くうちに、できることをしなければと思っている。

その一環としてのデモ参加であった。

「相席してもいいか?」

ストームライダーらしき風体の男が、ラウル達の席にやって来た。

「興味深い話が聞こえたんでな。タダとは言わん」

そう言って、この酒場でもそれなりに値の張る酒瓶を差し出した。

「いや、楽しい話は何も……」

「そうか?」

日々に疲れ果てた作業員とは違い、目に強い輝きがあった。よく見ればまだ若い。ラウルには自分と同じ位の年齢に見えた。

「デモの話しかしていないが……」

「それだ。詳しい話を聞かせて欲しい」

「こんな酒を振る舞われても、愚痴しか出ねえぞ?」

「構わん」

ラウル達は突拍子もないことを言うこの男を、不思議なものを見る目で見た。

だが、普段はとても飲むことのできない酒を提供されて、拒否できる胆力も無い。

ラウル達は不思議な男を席に招き入れた。

「デモの規模はどの程度なんだ?」

パランタインと名乗った男は、高い酒を惜しげもなくラウル達に振る舞った。

振る舞うついでに、何気ない物言いでデモの内容を尋ねてくる。

「自分もきちんと把握しているわけではないが、百人程度が参加すると聞いている」

ラウルは酔い過ぎないように注意しつつ、デモの情報をパランタインに話す。

「なるほど。デモの主導者はどのような人物だ?」

「自分もよく知っているわけでは――」

「よく知らない人間のデモに参加するのか?」

「でも、何もしないままではいられない」

「仕事はどんどん増えていくのに賃金は上がらない。税金は重くなる一方だ。もう限界なんだよ」

勧められるままに酒を飲んで市政への不満を言い募るラウル達を、パランタインはじっと見つめて頷いていた。

「何故デモに参加すると決めたんだ?」

ひとしきりラウル達の愚痴や不満を聞いたパランタインが口を開く。

「今のところ、デモをする以外に手が無いからな」

「闇雲に暴力に訴えても、武装した州兵に殺されちまうし」

ハイデン州で起きた暴動鎮圧のニュースは、反乱を考えていた市民達を萎縮させるに十分だった。

「そうだな。だが、ただのデモでは無意味だろう」

「あんた、喧嘩売ってんのか?」

ここに来て突然の否定。ラウル達は酒の勢いも相まって喧嘩腰になる。

パランタインがこれ以上癪に障るようなことを口にすれば、殴り合いに発展しかねない空気があった。

「市政に向かってデモをしたところで、王族の連中には届かない」

「王族は関係ないだろう? 俺達は増税を止めたいだけだ」

「では、その税を増やさねばならなくなった原因はどこにある? 国の政を指揮する王族ではないのか?」

「王都まで行ってデモをしろってか? 無茶苦茶だ」

「市政を変えられないのなら、国に変化を求めるしかない。違うか?」

パランタインは鋭い声でラウル達に言い募り、次第に声高になっていく。

気が付くと、酒場にいる全員が固唾を呑んでラウル達のいる席を見守っていた。

「どうやって? 今回のデモだって百人集めるのが精一杯だと聞いているのに」

ラウルはパランタインに問う。

「では、その百人のデモ集団が十個集まればどうなる? 二十個、いや五十個。国中でデモを実行する者を集めたらどうなる?」

「もっと規模の大きなデモができると?」

「違う。そうじゃない。立ち上がった市民の数が五千になれば、それは兵となる。軍ができる。そうすれば国と戦い、国を変えることさえ可能だ」

ラウルはパランタインに視線を合わせる。鋭い眼光は、とても同じような年齢の男には見えない。

その目には力があった、人を惹き付ける魅力があった。

「そんなことができるのか?」

「できる。いや、何としてもやらなければならない。そのためには協力者が必要だ。国を変えたいと志す戦士が」

「それを指揮するのはあんただってか?」

「そうだ。俺が軍を指揮し、国を変える。俺と共に国を、市民を救わないか?」

力強くパランタインは言い切った。

「それで自分も皆も救われるなら、自分は協力したい」

「お、俺も!」

ラウルの返答に続いて周囲の者達も次々と賛同していく。パランタインの言葉に、酒場にいた市民が動かされた。

「貴方は一体何者なんだ?」

ラウルは盛り上がる酒場の人々を見やり、パランタインに問い掛けた。

ストームライダーのようでストームライダーではないこの男が何者なのか、気になった。

「俺か? 俺は只の男だ。でも、皆は俺のことを革命家とも言っているな」

「革命家……」

それがラウルと、いずれ『不屈の闘士』の異名でインペローダに名を轟かせる男、パランタインとの出会いであった。

「―了―」