32ルート4

2835 【サーカス】

会計係が入った麻袋を埋め終えたルートは、辺りを見回した。

ルートの聴覚が何者かの息遣いを捕らえたのだ。

音のする方向を見つけ、そちらに視線を送る。すると、草を掻き分ける音と共に息遣いは遠ざかっていった。

「厄介だな。見られてしまったようだね」

「どうする?」

「私達のことを騒ぎ立てるようであれば、また同じことをしないといけないかもね」

「どうせ人間だ。コレと同じになっても構うことはない」

ルートの提案にヴィレアは即答した。

会計係を攻撃してからのヴィレアは、どうにも過激な発言が目立つ。長い間、人間からストレス解消の捌け口にされていたからだろうか、今やヴィレアにとって、人間とは排除するべきものであるという認識になっているようだ。

「……そうだね」

「どうする?」

「まずは埋めたものを別の場所に移動させよう。夜が明けてここを掘り返されたりしたら、会計係のことがばれてしまう」

「わかった」

麻袋を別の場所に埋め直してサーカスに戻ったルートは、次に会計係が管理する金庫を探し、近くの木の下に埋めた。

こうすれば、真夜中に会計係が金庫を持ち逃げしたと見せ掛けられる。古い記録から呼び出したミステリー劇の一節だった。

翌朝、会計係の姿が消えた件は、金庫も一緒に消えていることもあって、かなりの騒ぎとなった。

ルートはいつものルーチンに従ってショーの道具の手入れを行いつつ、人間達の様子を伺う。

騒然とするサーカスの人間達。さすがの事態に、団長も久々にテントから顔を出してきた。だが、団長はブラウとノームに支えられるようにしてようやっと歩いている状態で、顔色も悪かった。

「団長、会計係の奴が――」

「聞こえていたさ。奴は逃げたんだ、俺達の金を全部持ってな。糞ったれが。だが、やられちまったもんはどうしようもねえ。俺達はここに残ってサーカスを続ける」

「え!? 団長、どういうことです?」

「移動しようにも準備金がいる。そうだろう?」

金庫にはサーカスの運営資金が詰め込まれていた。サーカスが全財産を失ったのであれば、移動に必要な金はこの地域に留まって稼ぐしかない。

「そりゃあそうだが……」

「わかったらさっさとショーの準備に戻れ。一日でも早く移動できるよう、しっかり稼ぐんだ」

団長はそれだけを言うと、テントに戻ろうとした。

「団長、待ってくれ!」

それをマークが呼び止める。マークの顔は青ざめており、何かを知っているような素振りを見せていた。

「昨日の夜、俺は見たんだ。ルートとヴィレアがあの森で何かを埋めてるのを!」

マークはそう言って、ルートを指差した。

他の人間達はマークのことを冷ややかな目で見る。

「おいマーク、冗談はよせよ。あいつらは俺達の命令がないと何もできないんだぞ?」

「どうせ酒に酔って夢でも見たんだろう? 奴らはポンコツだ。そんな真似、できるわけがない」

「確かに酒は飲んでたが、俺は見たんだ! 夢なんかじゃねえ!」

マークは団長に食い下がる。

「これ以上は騒ぐな。俺は今後のことを考える、お前もさっさとショーの準備をしろ」

団長はマークの言い分を一蹴すると、ノームとブラウに支えられながらテントへと戻っていった。

「団長……」

それから二日が経った。マークはルートが埋めた麻袋を探すために、この二日間ずっと森に通い詰めていた。

マークが麻袋を探しているであろうことは容易に想像がついた。しかし麻袋は最初の場所とは違うところへ埋めてあり、掘った跡も落ち葉などで覆い隠してある。まず見つけ出すことはできないだろう。

団長は相変わらず具合が悪そうな顔をしており、具合が良くなるまではこの地でサーカスを続けると言い張った。

だが、もう収益には底が見えていた。サーカスは飽きられており、これ以上この地域で稼ぐのは不可能だった。

もっと大きな街へ行けば儲けもすぐ出るだろうし、病院で団長の治療もできる。そう提案した団員もいたが、団長の選択は、自身の体調を理由にまだこの地に留まる、というものであった。

「もう団長には付き合いきれん。何を考えてるんだ!」

「俺は団長やこのサーカスと心中する気はないからな!」

団長の態度に我慢のならなかった道具係と腹話術師は、サーカスを去って行った。

団長以外で残ったのはマークと、マークと師弟関係にある整備士のデイブだった。

デイブは気が弱い男で、道具係達と一緒に去ろうとしたところを、マークに恫喝紛いの説得をされて残ることになってしまった人物だ。オートマタへの態度は元々当たり障りのないものであったが、今はマークに何か言われているのか、整備などの仕事はしていない。

人間の団員が二人もいなくなったこと。

オートマタ達が何か隠し事をしているのに、その証明ができないこと。

体調が悪いといって、一切状況を改善しようとしない団長。

そんな状況にマークの苛立ちは募るばかりで、溜まったストレスはオートマタ達に当たり散らすことで発散させられていた。

「くそ、どいつもこいつもふざけやがって。俺は見たんだ、間違いねえんだ……」

ぶつぶつと同じことを呟きながら周囲のオートマタをスタンバトンで殴りつけ、蹴り飛ばす。まるで暴君のような有様だが、もう彼を止められる人間はこのサーカスにはいなかった。

「マークさん、もうやめときましょうよ。俺達もそろそろ潮時なんですって。いつまでもここにいたら、俺達もどうなるか……」

「あん? てめえ、いつから俺に指図できる立場になったんだコラ!? 団長は俺に借金があるんだよ! そいつを返してもらうまでは、ここを動くわけにはいかねえんだよ!」

ふんと鼻を鳴らし、またオートマタに当たり始めたマーク。おろおろするだけのデイブ。そんな二人を、ルートはルーチンをこなしながらじっと観察していた。

その日の夜、団長のテントが俄に騒がしくなった。

ルートとメレンが駆けつけると、団長のテントの中でマークがノームに馬乗りになっているところだった。

「お前! やっぱりお前が団長をやったんだな!」

「マー、クさん……これは……」

「言い訳なんざいらねえんだよ!」

「ち、ちが、い……」

「じゃあこれは何だ? あ!? お前はこんなクズ鉄が団長だって言うのか!?」

マークが視線をやった方向には、ベッドに寝かされた団長がいた。

しかし団長の腹部からは、到底人間のものとは思えないコード類や機械部品が露出している。

「こ、これは……」

ルートはメレンを見やった。メレンも驚いたように団長を見ていた。

ルートがヴィレアと一緒に会計係を埋めるに至った要因は、団長の様子がおかしくなったことが始まりだ。

だというのなら、一体、最初に何が起きたのか?

ルートの演算装置が目まぐるしく思考を巡らせる。

「お前は人形を整備するのが得意だったな? おい、ふざけやがって! ええ!?」

マークは更に激昂した様子で、ノームに罵声を浴びせる。

その罵声でルートは演算を中止した。ノームの苦しそうな呻き声は、彼が首を絞められている可能性があった。考え事をしている場合などではない。

このままではノームが殺される。咄嗟にそう判断したルートは、近くにあったレンチを手に取ると、マークの頭部めがけて振り下ろした。

それはヴィレアが会計係にしたことの真似だった。人間は頭部を強く叩けば動かなくなる。ルートはそれを学習していた。

学習したことを実践に移す。ルートは団長を『整備』していたであろうレンチで、マークの頭を何度も殴り付けた。

「うげっ……!」

呻き声のような音を発して動かなくなったマーク。ルートは急いで彼をノームから引き剥がす。すかさずメレンがノームを抱き起こし、怪我がないか手早くチェックする。

ノームは放心してされるがままであったが、はっと我に返り、信じられないものを見る目でルートを見た。

「ルート……」

「やはりノーム以外の人間は害悪だ。こいつも会計係のように、どこかへ埋めなければ」

「そんな……」

「それしか方法はない。こうなってしまった以上は隠すしかないんだ!」

強い口調で言い切ると、ルートは動かなくなったマークを引き摺るようにして団長のテントから運び出した。

途中、やはり騒ぎに気付いて団長のテントに向かっていたデイブと鉢合わせた。

「ひぃっ!」

血塗れのマークを運ぶルートの姿を見たデイブは、息を吸うような悲鳴と共に後退った。自分も同じ目に遭わされるのでは、という恐怖の感情が沸き上がる。

「た、たすけっ、たすけてっ!!」

ルートはマークから手を放すと、許しを請うデイブをじっと見た。

この男は、マークのように暴力を振るうことはなかった。とはいえ、オートマタを助けようともしなかった。

この男をどうしてやろうか。ルートは考えていた。

「ひ、ひいいいいいい!!!」

錯乱したのか、デイブは悲鳴を上げるとその辺にあった棒を拾い上げ、ルートに向かって襲い掛かってきた。

ルートは冷静にデイブの足を払う。重心を失って崩れ落ちるデイブ。

――やはり、ノーム以外の人間は害悪だ。――

それが結論だった。

ルートは崩れ落ちたデイブの頭に、マークの血が付いたままのレンチを何度も何度も振り下ろした。

「あがっ! ぎっ! ひぐっ!」

殴打するたびにデイブの悲鳴が上がったが、四、五回目あたりからそれも聞こえなくなった。

埋めるものが増えてしまった。ただそんなことを思いながら、ルートは動かなくなったデイブとマークを見ていた。

「ルート……。ごめん、こんなことをさせるために君を治したわけじゃないのに……」

ノームが青ざめた顔で駆け寄ってきた。その声は鼻に掛かるような声で、彼が泣いていることがすぐにわかった。

「いいんだ。人間は君に危害を加える。こんな奴ら、こうなって当然だ」

ノームが一瞬驚いたようにルートを見る。彼のその表情に、ルートは胸の奥が重たくなるような感覚に襲われた。

予めプログラムされた情動とは違う何かが、ルートを突き動かしていた。

「マークとデイブを埋めたら、この街から離れよう。もうこの場所に留まることはできない」

至極当然な言葉だった。中心街から少し離れているとはいえ、遠からずサーカスの不審は感付かれる。人間がいなくなったサーカスがあると知られれば、必ず何が起きたか調べられてしまう。

そうなる前に、サーカスはこの街から消えなければならなかった。

人間のいなくなったサーカスは、オートマタ達によって移動準備が行われた。

皆、ノームの手によって自分の意志で動くことができるようになっていた。

サーカスは大きな森の中へ移動することになった。皆で知恵を出し合い、何か事が起こっても、森ならば姿を隠しやすいだろうという結論からだった。

「僕は人間に虐げられるオートマタを救おうと思う。いろんな街で、いろんなオートマタを救おうと思う」

移動の最中、ノームはヴィレアの頭を撫でながら、そんなことを口にした。

「人間は怖い存在だ。そんな奴らから君達を救うのが僕の役目なんだ。きっと……」

独り言のようだったが、サーカスの皆がその言葉に頷いた。

彼はオートマタの救世主なのかもしれない。ルートの思考回路に、そんな一文が思い浮かんだ。

「―了―」