3390 【伯母】
《渦》が消滅して間もない頃、父の姉、つまり私にとって伯母にあたるベロニカが亡くなった、という知らせが届けられた。
亡くなった場所はグランデレニア帝國最北端、カンブレー州の田舎町ナシビク。
知らせを受けた親族一同が微妙な態度をとる中、私は父に代わり、一人この町にやって来ていた。
◆
「ベロニカの親類の者です」
町外れにある葬儀場に行くと、葬儀場の職員は驚いた顔で私を見据えた。
「あの婆さんの葬式をしようだなんて、奇特な親戚がいたもんだねぇ」
「こら! ご親族の前でそんなことを口にするんじゃないよ」
ベロニカ伯母さんはかなりの変わり者として親族の中でも有名である。迷惑を被った親族は何人もおり、伯母さんのことを快く思ってない人も少なくない。
そんな伯母さんなので、おそらくこのナシビクでも、風変わりな人物として何かと厄介を掛けていたのだろう。
職員の言葉には苦笑するしかなかった。むしろ「ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」と謝るべきだろうか。
◆
二人の職員に案内され、遺体の安置所までやって来た。
「ここになります。ご希望なら、ご遺体の移動とかについても手配できますが」
「あぁ、いえ。できればこの土地に埋葬して欲しいのですけど……」
「あ、そうでしたか。では、ご遺体の確認後に埋葬の手続きをお願いします」
職員はあっさりとこちらの希望を承諾した。てっきり「いいえ、故郷に埋葬を」と言われるものだと思っていたのに。
「え? いいんですか?」
「はい。墓地に空きがありますし、何も問題ありませんよ」
それ以上深いことは尋ねなかった。余計なことを言って「じゃあ故郷に」なんてことになっても困るからだ。
ベロニカ伯母さんの親類は、父と私を除いて、殆どが伯母さんのことを疎ましく思っている。それは伯母さんの埋葬や遺品整理を父と私に任せきりにしたことからも明らかだった。
どうしてそんなことになったか。その理由をナシビクに向けて出発する直前に、父から聞かされていた。
◆
我々の先祖は『技術者』と呼ばれており、優れた科学技術の研究と発展を生業にしていた。
《渦》がこの世界に発生した時、殆どの『技術者』は空中都市へと逃れたが、少数の『技術者』は地上に残り、その持てる技術で人々を《渦》から守った。
各都市に残る障壁こそ、まさに地上に残った『技術者』が作り上げた遺産である。
つまり、今でも地上の人々が何とか暮らせるのは、地上に残った偉大な先祖のお陰である。
私達の一族には、こんな話が言い伝えられていた。
だが、言い伝えというものは、時間と共にその信憑性を薄れさせていくのが常。
先祖は技術書や研究資料などを子孫に残していたが、時間と共に保管は疎かにされていき、ついには破棄するか否かが話題に上るまでになっていった。
そしてとうとう、先祖の遺物を廃棄処分することが決まった。
それに正面から反対したのが、当時二十歳になったばかりのベロニカ伯母さんだったという。
「要らないなら、全部を私がもらうわ」
まるで、捨てられた雑貨を拾うかのように、ベロニカ伯母さんは先祖の遺物を全て自室に持ち込んだそうだ。
元々、先祖の残した書物に並々ならぬ興味を抱いていた彼女は、昔から親族の目を盗んでは遺物が保管されていた倉庫に入り浸り、怒られていたという。
そんな彼女が遺物を引き取りたいと言い出したのは、当然といえば当然であった。
◆
ベロニカ伯母さんの行動に対して、親族は皆一様に反対した。
「そんな昔の本を使って何かを作りだそうだなんて」
「きっと出鱈目が書かれているに違いない。そんなもので何をするつもりなんだ」
「先祖が残したといわれているが、本当にそうなのかわからないんだぞ? そんなものを信じるのか?」
「技術者の末裔だなどという先祖の嘘を信じるなんて、あなた、どうかしてるわよ」
こんな風に先祖の遺物を頭ごなしに否定し、もし『技術者』の真似事をして失敗すれば、一族皆が恥を掻くことになる、と説得した。
それに対するベロニカ伯母さんの返答は、実に冷々たるものだったらしい。
「出鱈目だという証明すら為されていないのに、何を言ってるんだか」
「だったらもう好きにするといい。だが、何があっても我々を頼ることは許さん」
「私はしたいことをするだけだし、それで結構」
そうして、ベロニカ伯母さんは親族と一悶着を起こした後、ストームライダーの商団に紛れてどこか別の土地に移住した。
◆
ただ、そのままベロニカ伯母さんは行方不明とはならなかった。移住してから一度だけ、故郷、つまり私の産まれた家に戻ってきていた。
それが、私が小さい頃の話だ。でも、帰郷した理由は最後まで話してくれなかったらしい。
直接に揉め事を起こした親族はとうに亡くなっていたこともあり、父は特段気にすることもなく、ベロニカ伯母さんを受け入れることにした。
伯母さんは時折、父と母に代わって私の面倒を見てくれた。
でも、それも一年くらいの話だ。伯母さんはまた、ふらりとどこかに姿を消してしまった。
そして更に十数年が経った後、彼女の死亡通知が我が家に届いたのだ。
ベロニカ伯母さんが家を出て戻ってくるまでの間と、そして再び家を出てこのナシビクで亡くなるまでの間、それらの間に彼女が何をしていたかを知る親族はいない。
ベロニカ伯母さんは親族に何も語らなかったのだ。
◆
ベロニカ伯母さんの葬儀は、私と葬儀場の職員二人でひっそりと執り行った。
「伯母さん、病気か何かだったんですか?」
「うーん、そういう話は聞いてませんね。仕事場で倒れているのが発見された時にはもう……ってことくらいです」
「そうでしたか」
遺体を墓地に埋葬し終えると、職員達はどこかほっとしたような表情で私を見送った。
◆
その日はナシビクの宿泊施設に泊まり、翌朝、遺品を整理するためにベロニカ伯母さんが住んでいた住居のオーナーさんの所へ向かった。
「はー、アンタがあのベロニカさんの」
住居の鍵を持つオーナーさんは、私のことを興味津々と言わんばかりに凝視してくる。
「すみません、伯母が何か失礼なことをしていたのでしたら……」
「死んじゃった人にあれこれ言うのは良くないんだけど、異臭とか騒音がなけりゃ、腕のいい修理屋だったんだけどねぇ」
ひょんなことから、ベロニカ伯母さんが簡単な機械の修理をして生計を立てていた、という話が聞けた。
「ご迷惑をお掛けして、すみませんでした」
「アンタが謝ることじゃないよ。それに、もう過ぎたことだし」
オーナーさんは近所の喫茶店で待っていると言って、私に鍵を渡してくれた。
私は住居の鍵を開け、部屋に入る。
「あれ?」
ベロニカ伯母さんの住居は、驚くほど整然としていた。
小さなベッドと作業スペース、調理器具や生活用品はごく僅か、備え付けのクローゼットには必要最低限の衣類しか入っていない。
そして、全てを引き取ったという先祖の資料や書物は一切見当たらず、それらに書かれていることを元に実験や研究をしていた、なんていう痕跡も全く見受けられなかった。
オーナーさんの話からもっと面倒な整理が必要かと身構えていただけに、正直拍子抜けだった。
処分するものとそうでないものを分別する作業を進めていると、作業スペースに一冊のノートが残されていた。そのノートには故郷と実家の所在、そして親族に宛てたメモ書きのようなものが書き残されていた。
このノートを見て、町の人は家に連絡を取ったのだろう。
『私が死んだら、ぬいぐるみと手帳をメニン州に住む姪に』
そのような趣旨のことが書かれていた。
「ぬいぐるみ? 手帳?」
遺品整理がてらそれらを探してみると、クローゼットの奥深くに、分厚い手帳とぬいぐるみが写っている写真を見つけた。
「あ、懐かしい」
思わず言葉が漏れ出た。
ベロニカ伯母さんは手先が器用で、ぬいぐるみ作りを得意としていた。
このぬいぐるみは大昔に生息していた海鳥をモチーフにしており、伯母さんに面倒を見てもらっていた頃に、欲しい欲しいと駄々をこねた物だった。そうだ。伯母さんは困った顔をするだけで、ついに私にくれることは無かったっけ。
◆
次いで分厚い手帳を開く。プライバシーを覗き見るようで悪いとは思ったけれど、私宛にというメモもあるし、父からベロニカ伯母さんに借金があるかどうかを調べるよう頼まれていたので、まぁ仕方がない。
もし伯母さんに借金があって、生家のことも知られているのであれば、借金取りが押しかけてくるかもしれない。そうなればさすがに迷惑だ。
手帳の中身は、何てことのない日記だった。
しかし、日付の新しいページにとんでもないことが書かれているのを見つけてしまった。
色々な弁明やら感傷やらを省いて要約すると、こういうことらしい。
『複数作ったぬいぐるみの中に、実家から持ち出した宝石類を仕込んで隠し財産にした』
『しかし、実家の宝石を換金するのは後ろめたかったため、やむなく借金をしてしまった』
『借金取りは中に宝石があることを知らないまま、ぬいぐるみ達を借金のカタとして持っていってしまった』
◆
私は溜息を吐いた。借金があるということがわかったこともそうだけど、実家の宝石まで持ち出していたなんて……。
これじゃあ私の判断だけではどうすることもできない。一度家に帰って、父に判断をしてもらう必要があった。
ベロニカ伯母さんとの思い出は大切にしたいのだけれど、この調子では先が思いやられるなぁ。
私はそんな風にげんなりとした気分のまま、遺品整理を進めていくのだった。
「―了―」