74リカルド1

3371 【後継者】

ローゼンブルグ第七管区の外れに位置する繁華街。そこの大通りに店を構える高級ナイトクラブ。

この店のオーナーでもあるリカルドは、VIPルームで美女達を囲んで酒を嗜んでいた。

程よく酒が進んでいい気分になってきた頃、スーツ姿の厳つい男達が慌てた様子で駆け込んできた。

男達の様子に厄介な気配を感じたのか、リカルドは不服そうな顔で男達を視界に入れる。

「リカルド、お耳に入れたいことが……」

「こんな時に何だ。仕方ねえ、すまんなお嬢さん方、しばらく席を外してくれ」

不満そうな顔で女達が出て行く。

彼女らが退室し、入り口の防音ドアが閉まったことを確認すると、リカルドは男達に正対した。

「何があった?」

「ビエルサのシマが、アップスターズの襲撃に遭いました」

「キアーラとの会合を狙われたのか……。で、被害は?」

この日はセルピエンテとキアーラの間に、ある協定を締結するための会合を開いていた。

極秘裏に進めていた会合だけに、場所や日時などの情報は、ごく限られたカポや護衛の正規構成員しか知らされていない。

その会合がアップスターズの襲撃に遭った。偶然とは到底考えられない。明確にビエルサとキアーラの幹部が狙われたのだ。

「酒場を一つ駄目にしましたが、ビエルサとキアーラの幹部は軽傷で済みました。護衛の連中は二人が死亡、他は軽傷です」

「そうか。その程度で済んだなら、まぁ上等な方だろう。オヤジ……いや、ボスの耳にこの件は入っているのか?」

「こちらの所在の方が近かったので、おそらくはまだ……」

「そうか。では、俺は屋敷に戻る。ビエルサは?」

「はい、本部で医者に治療させています」

リカルドは立ち上がると、帰り支度を始める。

「行くぞ。支配人には適当に話をつけておけ」

「承知しました」

ローゼンブルグは、周辺の州と比べて遥かに文明が保たれた大都市である。

魔都とも呼ばれるこの都市は、残された文明を守りながらも悪徳を栄えさせ、その栄華に自ら影を落としていた。

リカルドはそんな悪徳の象徴である犯罪組織の一つ『セルピエンテ』の後継者に指名されたばかりの青年であった。

セルピエンテの本部に車で乗りつけると、襲撃の事後処理に追われる構成員達が慌しく屋敷を行き来していた。

「リカルド様、お帰りなさいませ」

「ああ。ボスは?」

「執務室にいらっしゃいます」

構成員の言葉を聞き、早足でボスのいる執務室へと向かう。

「来たか」

執務室では、痩せ細った老人が護衛の構成員と共にリカルドを待っていた。

老体でこそあるものの、その眼光は未だ衰えを見せておらず、実の息子であるリカルドでさえも畏怖の念を覚えるほどだ。

「アップスターズに会合を嗅ぎ付けられた、という話は聞いているな?」

「ええ。それで、キアーラは何と言っているんですか?」

組織の構成員である以上、たとえ実父であれども関係ない。リカルドは只のアンダーボスとして接することを、自らに課していた。

「向こうは、うちがアップスターズと繋がってタレこんだんじゃねぇかと勘繰っている」

「キアーラの方こそ、アップスターズと繋がっているのでは?」

「そこは確かに疑うべきところだ。だが、まずはケジメが必要だ。何よりも先にアップスターズに報復をくれてやらねばならん」

「その時間を、キアーラが許しますかね?」

「向こうも状況は変わらん。であれば、再度キアーラとの協定を進めるにしても、この報復を手土産にするのが有用だ」

「わかりました。すぐに報復の手筈を整えます」

ボスの言葉は絶対だ。リカルドは深く一礼すると執務室を出た。

しかし、そのままカポ達が集合しているであろう会議室には向かわず、信頼の置ける構成員を探して声を掛けた。

「セベロ、今回の会合のことを知っていたカポと構成員の動向について、洗いざらい調べ上げろ」

セベロは臆病で慎重な男だ。他組織との抗争には向いていないため、組織内での地位は低い。だが、この男の引き際を弁えた臆病な性質は、諜報に向いていた。

裏社会は暴力が全てとはいえ、情報戦も重要であると捉えるリカルドは、以前からセベロにこういった調査を任せていた。

「裏切り者が組織内にいると?」

「アップスターズの羽振りが相当いいってのは聞いたことがあるだろう? うちもキアーラも、金で抱き込まれた奴がいたとしても不思議じゃない」

「わかりました。最良の結果を提示してみせます」

「ああ、頼んだぞ」

セベロに指示を出した後、真っ直ぐに会議室へと向かった。

リカルドが入室した瞬間、意見とも雑談ともつかない言葉を交わしていたカポ達が静まり返る。

「聞け、ボスからアップスターズへの報復命令が下った」

カポ達が色めき立つ。

セルピエンテはアップスターズが拠点を構えている場所に隣接したシマをいくつも抱えていた。そのため大小関わらずの衝突が絶えず、幾度となく煮え湯を飲まされてきた。しかもアップスターズとの軋轢を好機と見た他組織からも狙われ、セルピエンテは疲弊しつつあった。

カポや構成員達はそのことに苛立ち、鬱憤を溜めていた。

ボスの下知は、この鬱憤を盛大に吹き飛ばす機会であると湧いたのだ。

「手始めに奴らの支部を襲撃し、幹部の一人か二人でも殺ってみせろとのお達しだ」

「キアーラとの連携は?」

「向こうは俺達がアップスターズと繋がっているんじゃないかと疑っている」

「協定は振り出しか……」

「であれば、キアーラの連中にも痛い目を見てもらうしかないだろうな」

カポ達は口々に言い募る。

「逸るな。アップスターズに煮え湯を飲まされているのはキアーラも同じだ」

相談役がカポ達を諫める。

キアーラはセルピエンテに次いでアップスターズから抗争を仕掛けられている。そもそも今回進めていた協定は、アップスターズとの抗争に対して相互協力体制をとろうというものだった。

「だがどうする? 結果的に協定は流れたんだ、キアーラがどう動くかわからんぞ」

「ならば、キアーラが襲撃を受けているところに横槍を入れればいい。アップスターズのことだ、どうせ日を置かずに、うちにもキアーラにも襲撃を仕掛けてくるだろう」

中年のカポの疑問にリカルドは淀みなく返す。襲撃を受けることがわかりきっているのなら、それを逆手に取ればいい。

「結ぶ筈だった協定を理由に、キアーラに恩を売るってわけか」

「そういうことだ。だが、隙は見せるなよ。キアーラに逆のことをされてはかなわん」

「わかっている」

細かな打ち合わせを進めて報復の方針が定まり、会議は解散となった。

しかし、報復を実行する直前に事態は一変した。

以前からアップスターズによる襲撃を受けていたシマの一つが、シマの管理者であるカポとその腹心であるメイドマン達を殺害し、アップスターズに寝返ったのだ。

「まさかシマそのものが裏切るなんて、そんなことが起きていいのか?」

「なぜ気付かなかった。一体何が起きたというんだ……」

今までの組織間の抗争からは考えられないような手口に、ボスと古参のカポ達は焦燥を隠しきれなかった。

「一度、組織内とシマを調査し、裏切り者を炙り出した方がいいでしょう。奴らには今までのやり方は通用しない」

リカルドは会議室で冷静に言い放った。今回の件を予測できなかったのはリカルドも同じだが、考えの凝り固まった古参カポやボスよりは、冷静に事実を受け止めていた。

「そ、そうだな。だが、調査する者に裏切り者が混じっている可能性も……」

シマ一つが丸ごと寝返ったという事態に動揺しているのか、カポの声には猜疑心がありありと混じっていた。

「今回の件で命を狙われたのはカポとワイズガイです。ならば、彼らに調査させるのが一番確実でしょう」

「だが、それは掟を守っているのなら、だろう?」

「それを疑っている時間はありません。ボス、ご決断を」

「……わかった、そうするしかあるまい」

リカルドの言葉に、ボスは渋々と頷くしかなかった。

社会から零れ落ちた者達を受け入れて組織を拡充し続けた。そして、そういった者達を様々な掟で縛り、管理することで、暗黒街を取り仕切ることができ、また地域の治安を一定に保ってきた。この厳然たる事実を振り翳し、また賄賂も潤沢に渡すことで警察権力を抱き込み、組織の運営を円滑に進めてきた。

今まではそれでよかった。そうやってどの組織も均衡を保ちながらやって来た。

だが、その犯罪組織の有り様が、小さくも苛烈な一つの組織によって崩されようとしている。

アップスターズはその『成り上がり』という名前の通り、何もかもが新しい組織だ。今まで使ってきた常套手段など通用しない。

この新しい流れに対応し、生き延び、勝ち抜けるにはどうすればいいか。

組織としての転換期が来ている。自身の世代でどんな選択をすれば組織を生き長らえさせ、セルピエンテを暗黒街の首魁とさせることができるのか。

父親である現ボスと古参カポ達が狼狽する姿を眺めつつ、リカルドは組織を率いる者として何をするべきか、それを静かに考え続けていた。

「―了―」