3374 【仲間】
連隊の訓練施設に、威勢のいい男達の声が響く。
ヒューゴは世界各地から集められた強者達に混じって、どうにかこうにか訓練をこなしていた。
「ちょ、ちょっと休憩……」
「寝惚けたことを言うんじゃない。続けるぞ!」
「ひえええ! 勘弁してくれー」
「弱音を吐くな!」
軍歴の長いハウスホッターが、へたり込むヒューゴに怒声を飛ばす。
今まで享楽的に生きてきたヒューゴは、体力面にかなりの不安を抱えていた。それ故の、特別な強化訓練であった。
◆
地獄のような特別訓練が終了し、疲労でふらふらしながら食堂へと向かう。今日はこの特別訓練に加えて、夜からは全体で行う演習がスケジュールされている。ヒューゴの気は、それはそれは重かった。
「はー、ったく。高い報酬に釣られるんじゃなかったぜ……」
食堂で提供された食事を前に、ヒューゴは大きく溜息を吐いた。
ひとまずパンを千切りながら、ここに来る二月ほど前の、ソングとのやり取りを思い出していた。
◆
裁判が結審し、あとは刑務所への移送を待つだけだった。そんなヒューゴの前に現れたソングは、ヒューゴを値踏みするように見つめ、一つ頷いた。
「ふむ。まだ若いのに、勿体ない話だね」
「ええ。我々としても、こいつには何とか更正してもらいたいと思っとりまして」
ソングとワッツは、ヒューゴを目の前に言いたい放題だ。
「さて、ヒューゴ君といったね。君に良い話を持ってきた」
「は、はあ……?」
てっきり、タスカーに騙された事件について容赦ない尋問か何かが待ち構えていると思っていた。
身構えていたヒューゴは、拍子抜けしたようにソングに顔を向けた。
「我々は世界を《渦》から救うための人材を探していてね」
「は? 渦ってあの渦かよ!? 痛ってえ!」
思わず声を上げる。ワッツが思いっきり背中を叩いてきたのだ。
「ソングさんの話をちゃんと聞くんだ」
「ははは。まあ、驚くのも無理はない。でだ、ヒューゴ君、改めて聞くが、我々と一緒に世界を救う気はないかね?」
ヒューゴは信じられないものを見る目つきでソングを見た。こいつはちっぽけな犯罪者の自分に何を言ってるんだと思った。
「オレ、これから刑務所に行くんだけど……」
「我々と共に来るのなら、君の刑事罰は免除される。少々きつい肉体労働をやってもらわねばならんが、衣食住は保障するし、報酬も定期的に出す」
見せられた一枚の紙には、スラム暮らしではお目にかかれないような金額が記載されていた。
「お、おい! これ本当か?」
つまらない刑務所暮らしが待ち受けていたヒューゴにとって、刑罰の免除とこの報酬金額は桁外れに魅力的であった。
「まぁ、無理にとは言わんが、どうする?」
「行く! 行きます。行きます行きます!!」
ソングの言葉に、ヒューゴは勢いよく首を縦に振った。
こうして、ヒューゴは連隊と呼ばれる組織に入隊したのだった。
◆
連隊でヒューゴを待ち受けていたのは、規則正しい生活に厳しい訓練、そして苦手な勉学であった。
しかもハウスホッターのような元グランデレニア軍人は非常に厳しく、少しでも規律を乱そうものなら容赦のない鉄拳制裁が降ってくる。その制裁を受けたくないがために、ヒューゴは今までの享楽的でアウトローな生活を改めざるをえなかった。
脱走を思い立ったことも一度や二度ではなかった。が、それでもヒューゴは逃げ出さなかった。それは、連隊での生活がスラムでの暮らしとは比べ物にならないほどに豊かだったからだ。
薄汚いスラムでの貧乏暮らしがすっかり染み付いていた筈だが、どうやらまともだった子供の頃が思い出されてしまったらしい。
衣食住が満たされ、定期的に報酬まで貰える生活。そんな生活を手放す気には到底なれなかった。
◆
「またハウスホッターにしごかれてたのか? お疲れさん」
溜息と一緒に食事を胃袋に流し込んでいると、ダニエルに肩を叩かれた。振り向くと、ダニエルとクラウスの二人がいた。
トレーに乗っている食器が空なところを見ると、食事が終わって食器の返却に向かっているのだろう。
「こいつは午前の座学で寝てたからな。その分の罰も含まれたんだろうさ」
「げっ。見てたんなら起こせよ。クラウスはオレの真後ろにいたじゃねえか」
「ははっ。真面目に講習を受けることをお前が覚えたら、考えてもいいかな?」
「ひっでえ」
この二人はヒューゴとほぼ同時期に入隊しており、入隊時の説明を一緒に受けた仲でもあった。それもあって、訓練や座学では何かと一緒になることが多く、いつの間にかヒューゴはこの二人と行動を共にするようになっていた。
「おい、早く食っちまわないと、夜間訓練に間に合わなくなるぞ」
「うわ、いっけね!」
「じゃあ、俺達は先に行ってるからな」
「ああ、また後でな」
立ち去る二人を見送るでもなく、ヒューゴは急いで食事を再開する。
ダニエルとクラウスは、出し抜きや抜け駆けが当然だったスラムの連中とは違い、裏表なくヒューゴに接してくれる。
育った環境の違いに少しだけ卑屈になりながらも、二人が自分とつるんでくれることに感謝するヒューゴであった。
◆
ある日、エンジニアの指導の下、完成したばかりの新型アサルトライフルの取り扱い訓練が実施された。
各隊員の目の前には、分解された状態のアサルトライフルが置かれている。
「では、新型アサルトライフルの機構に関する説明を始める」
新しく開発された技術を使用しているために、今までのアサルトライフルとは扱い方が全く異なり、複雑になっている。その上、エンジニアは決して手本を見せようとしない。
いつもはガミガミと小言ばかりの先輩隊員達も、今回ばかりは新米隊員と同じ立場だ。
大型モニターに説明図が映し出された。今までのアサルトライフルと何が変わったかの概要が説明される。
そして一通りの説明が終了すると、今度は組み立てと実射訓練となる。
エンジニアは組み立てに関する説明を行わない。ただ「やってみろ」と言うだけであった。
「組み立てが終わった者から順に試射を開始せよ」
エンジニアの言葉と共に、一斉に組み立て訓練が開始された。
◆
「よっし、これでいけるだろ」
ミリアンやヘルムホルツら創設初期の隊員が手間取っているのを尻目に、ヒューゴは誰よりも早くアサルトライフルを組み立てると、標的に向かってその銃口を向けた。
新型のアサルトライフルは衝撃も少なく、小柄なヒューゴでも反動で仰け反るようなことはない。
「すっげえ……。前のボロとは全然違う」
ヒューゴが一人嬉々として試射を繰り返す中、周囲の隊員達は俄にざわついていた。
「おい、意外だな」
「どんな奴でも得意な分野がある、ということか」
先輩格の隊員達が目を見張る中、ヒューゴは意気揚々と試射を繰り返す。
「おい、ヒョロガリに負けてらんねーぞ」
「あいつにできて俺らにできねえなんぞ、有り得ねえ!」
「こりゃ、急がないと俺達も新人共に負けるぞ」
「おっと、こんなことでナメられちゃ敵わん」
皆、ヒューゴに負けていられないとばかりにアサルトライフルの組み立てを再開する。隊員全員が競い合い、続々と組み立てを終わらせて試射が始まった。
◆
「あの説明でよくわかったな」
訓練が終わった後、ダニエルが感心したように尋ねてきた。
「んー、エンジニアは詳しく説明しなかったけど、モノ自体はごく普通のアサルトライフルと似たような感じだったぞ?」
「凄いな。俺はさっぱりわかんなかったぜ」
スラムにいた頃は犯罪絡みでメチャクチャ古い、薄暮の時代の遺産ともいえる銃を扱うことも珍しくなかった。当然、そんなブツに丁寧な説明図が付いている訳もない。どこを修理すればいいのか、どう組み立てていいのかすらわからないものを、何とか暴発しないように扱っていたのだ。
犯罪で鍛え上げて身に付けた技術だった。それがどういう訳か、こんな形で身を助けるとは。
だが、そういう過去のことをダニエルとクラウスに話すのには抵抗があった。
出会って最初に「オレはスラム出身の犯罪者です」と自己紹介するわけもなし。連隊の中で自分の過去を知っているのは、おそらくソングだけだろう。
「前に似たようなケースによく遭遇してたからなー。慣れだ、慣れ」
「機械技師みたいな仕事をやってたのか?」
「なるほど、なら図面を見るのも機械の扱うのも慣れてるよな」
クラウスの言葉にダニエルが頷く。
「んー……まあ、そんなとこかな」
ヒューゴは少し悩んで、ぼかすような言葉を返した。
何となく、この二人には自分が犯罪者だった過去を知られたくないと思ったのだ。
いずれどこかでバレてしまうかもしれないが、そうなったらそれはその時だ。
少なくとも、今はまだ彼らを失望させたくない。そんな思いがヒューゴの胸の内にあった。
「―了―」